疼く眼窩
疼く眼窩
〝絶望してはいけません なぜならみんなそれぞれに すぎゆくわけがあるのです〟
「…何だ?」
メモ帳を見せる美羽の目は澄んでいる。
新しいメモ帳の紙が続く。
〝それでも命はつづきます 新しい日が戸をたたき 古い月日は去るのです〟
准胝観音。
手に剣・宝鬘・鉞斧・鈎・金剛杵・念珠・如意宝幢・紅開蓮華・羂索・水瓶・法輪。
それらの持物で衆生を救う。
慈愛深い顔で自分を見る美羽は、ひょっとして全てお見通しなのではないか。
そう思いながら竜軌は尋ねた。
「何の話だ?美羽」
〝ひまわりにあった本にね、そう書いてあったの。『ユニコーンとレプラコーン』ってタイトルの本、知らない?〟
「…知らない。…なぜ今、俺にそれを言う」
〝竜軌が、左目が痛そうで、落ち込んでたから。何となく〟
レストランでも竜軌は時折、左目に手を遣った。
無意識のような仕草に、美羽は気付いていた。
「―――――お前の、お気に入りの本だったのか」
美羽が頷く。
〝これを読んでいると、元気が出たの〟
「裸を覗いた男を、慰めているのか」
〝すべてはすぎてゆくでしょう ときはうつろい人は去り―― 樹からかれ葉の散るように けれどもみんなそれぞれに すぎゆくわけがあるのです〟
美羽はひまわりで繰り返し繰り返し読んで覚えてしまった詩を竜軌に見せた。
多分、美羽の知らないところで心を痛めている竜に。
〝あんまり、効果、無かった?〟
「いや、ありがとう。美羽」
美羽はベッドの上から降りて竜軌に近付き、精一杯背伸びして、立っている彼の頭を両手で包み寄せると、左の瞼に唇を押し当てた。
(俺は、左目の一つで済んで幸いと考えていた。ただ、美羽が知ればきっと悲しむだろうと、それを気懸かりに感じていたのだ)
お前の大事な仲間に冷たい男に、余り優しくするなと心の中で美羽に言った。
『ユニコーンとレプラコーン』著・C・W・ニコル、イラスト・マーガレット スミス 文研出版、より引用




