遠国にて君たちを想う
遠国にて君たちを想う
その夜、東の地で少年が隻眼となり、女と猫が泣き、西の地で竜が左の眼窩を押さえた。
夕食後、部屋に帰った美羽は入浴した。
入浴し、竜軌に石鹸を投げ、ホテルの誇る洒落たアメニティグッズを投げ、果てはドライヤーを投げつけた。
「ちょっと裸を見たくらいでドライヤーまで投げる奴があるか。ちゃんと褒めてやっただろうが」
さっぱりして湯から上がって浴衣姿でベッドに座り、生乾きの髪を肩に垂らした美羽は、恥もせずそんな言い分を投げて来る男を白けた目で睨んだ。
〝シャンプーのボトルは壁と一体化してて投げられなかった。このホテル、構造に問題があるわ〟
「盗難防止も兼ねてるんだろう。お前、俺なら何をしても壊れんと勘違いしてないか」
〝頭、壊れてる。色欲抑制スイッチもガタガタで機能してない〟
「…言うな。語彙も豊富だ」
〝とっととてめえも風呂に入りやがれ〟
「言葉遣いはなってない。シャワー浴びて来る。見ても良いぞ」
〝入りやがれ、べらぼうめ!〟
そう書いたメモ帳を、竜軌の背中に投げつけた。竜軌がそれに痛痒を感じる筈もなく、美羽は床に落ちたメモ帳を回収しに行くだけ損をした気分になり、涼しい風情でバスルームに消えた竜軌が癪に触った。
備えつけの男性用の浴衣は、竜軌には丈がやや短かった。
彼が旅の疲れを流してバスルームから出て来ると、美羽が青緑と紫を継ぎはぎしたような柄のベッドに上がり込み、戦果を並べて悦に入っていた。
出歩いた先々でゲットした、チラシの数々である。
「…なあ、美羽。福岡の田舎の梨狩り情報や、老人ホームの宣伝を東京に持ち帰ってどうするんだ?」
〝戦利品として仲間に提出して自慢し、より多くの人望を得る〟
老人ホームの宣伝広告を見せびらかすことが、人望を得ることとどう繋がるのか、竜軌の頭では測りかねた。彼の中で、マダム・バタフライ率いる探検団のイメージ図はどんどん妙ちきりんなものになりつつあった。
「お前の気が済むならそれで良いが」
とりあえずそう言っておく。
部屋の窓のカーテンは閉められ、天上の星も地上の星も目に入らない。
経済新聞が読みたいが浴衣ではロビーまで出歩けない、と竜軌が考えていると、 美羽がチラシから顔を上げて竜軌を見ていた。




