蜘蛛の巣
蜘蛛の巣
新庄邸の胡蝶の間で、真白と坊丸の前に山尾は正座していた。
力丸、蘭、荒太に佳代は病院だ。
力丸からのメッセージを受け取った坊丸は邸内にいた。たまたま商店街近くに出ていた兄に事の次第を伝えると、蘭はコロッケ屋に見当をつけて結界の痕跡を辿り、力丸を追った。同じころ、坊丸よりの報せと、朝林秀比呂逃亡の報告を斑鳩経由で山尾から受けた荒太も、結界の気配を頼りに動いた。
秀比呂の逃亡は想定内の事態だった。
竜軌と真白、剣護はいずれこうなることを見越していた。
その想定を知らされていた荒太は、坊丸を通じて力丸と秀比呂が交戦中と知らされた時、必ずやトラップの一つ、二つ、秀比呂の結界内に仕掛けてあるに相違ないと考え、力丸を追う蘭にこれを伝えた。もし力丸が負傷させられていたら、怒りたいだけ怒れば良い。トラップは自分が解除するから、と。
蘭が怒り狂うほど、秀比呂も計画通りだと油断する。
伝達ミスが許されない局面で、蘭たちは一様に文明の利器に感謝した。
だが力丸は、思いの外、深手だった。
「申し訳もございません」
グレーの猫は大柄な身体を折り曲げて土下座した。猫の手が畳にぴったりくっついている。長い尻尾は直立不動で天を向いていた。
真白は彼が気の毒になった。また、猫の土下座ポーズが余りにも可愛らしくてつい、携帯で撮りたいなどと考えたが、山尾に失礼な上に不謹慎だと思って我慢した。
「あなたばかりのせいではないわ。予想はされていたことだったの。山尾ではきっと、本気になった朝林を止められなかった」
「激闘の末に私が斃れ、奴を逃がしたのであれば止むを得ますまい。しかし私はナースの皆様と戯れていた隙を突かれ、みすみす逃亡を許しましてございます。どうぞ、この愚猫めに厳しいお咎めをお願いします、真白様」
山尾が神妙に深刻な声で懺悔するだけに、真白と坊丸はかける言葉を少しばかり苦労して探さなければならなかった。坊丸がグレーの背中にそっと右手を置く。人が猫に、反省のポーズを取っているようにも見える。
「ナースは上様もお好きであられる、山尾どの。愚弟は殺しても死んだことに気付かんような男ゆえ、貴殿も、もうお気に召されるな」
「…ナース好きなの、先輩」
「大好物です。ナース服にもう、萌えるのだそうです」
猫の毛ってふかふかして気持ち良いなと思っていた坊丸は、いつもほど言葉を慎重に取捨選択しなかった。
「解ります」
上体を起こした山尾が深く頷くが、真白の冷たい目と目がぶつかり、慌てて顔を俯けた。
「――――――どうして力丸を狙ったのかしら」
「理由など無いでしょう。奴が美羽様を得る為に、その妨げになる者は皆、手当たり次第に排除するつもりかと。知能はあるが、やはり狂人には違いないのですよ」
「今後、誰が狙われるか解らないということね」
しん、と沈黙が降りる。
「殺しては、ならぬのでしょうか」
真白は坊丸を見たが、何も言わなかった。
恐らく力丸は、病院から五体満足では戻れない。




