観音の足
観音の足
紺のジャケットを脱いでベッドに腰掛け、足をぷらんと投げ出して、美羽はしょぼしょぼとしていた。
「りゅうきぃー」
〝足が痛いよー〟
「調子に乗ってあの靴で大名まで足を伸ばすからだ。親父さんに二時間以上履くなと言われただろう。プロの忠告は聴け」
〝だって、あそこは古着屋さんが多いって聞いたから〟
「東京に古着屋が無かったか?」
竜軌の嫌味に、むう、と美羽がむくれる。
〝竜軌に似合う服、探したかったんだもの。二人の旅の、思い出に〟
部屋の隅、クローゼットの前には紙袋が二つ並んでいる。
「そういうことか。合点が行った。では余り責める訳にもいかんな。美羽、足を寄越せ」
隣のベッドに腰掛けた竜軌が手を伸ばす。
「りゅうき?」
「軽くマッサージしてやる。楽になるぞ」
美羽はぶんぶんと首を横に振り、竜軌の手がおっかないものであるかのように足を引っ込めた。ある意味、勿体無くておっかない。
「遠慮するな」
「りゅうき、」
〝キャラじゃないでしょ〟
「お前相手にはこういうキャラで良い。貸せ」
台詞にほだされて右足をそっと差し出すと、大きくて温かい手に包まれた。
竜軌は黙って、美羽の足裏を揉んでいた。確かに心地好く疲労がほぐれる。
「…りゅうき、」
「ん?」
竜軌が手を休めずに顔を上げる。
〝心配、落ち着いた?〟
「――――何の話だ?」
〝ずっと何か、心配してた。けど、今、少し安心してる〟
「美羽は敏いな。それでお前は、心配事のある俺を、心配してくれてたのか。古着を見ながら」
〝あなたは、抱え込む人だから〟
美羽が悲しげに微笑む。
(だから私が見ていないといけないの)
「…お前は時々、そんな顔をするな。俺はまだ会ったことがないが、准胝観音とは美羽のようかもしれんな」
〝じゅんでい観音?〟
聴いたことがない名前だ。
「マイナーだが准胝仏母とも呼ばれていてな。真言宗ではこの観音が人間界パートの救済を割り当てられてる。イメージ的には〝おっかさん〟だ」
美羽はにこ、と笑う。
〝私、竜軌の奥さんにも、おっかさんにも、なってあげるわ。何でもしてあげる。浮気しない限りはうんと優しくするし、あなたを幸せにする。竜軌に、明るい世界をあげるわ。あなたが私にしてくれたように〟
「………」
竜軌は観音のような女性の足を持ち上げ、その爪先にキスをした。




