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喰らってもなお

喰らってもなお


 憎しみや嫌悪から隔てられた荒太の面は、いつも通り柔和だった。

 蘭が懸念と疑惑、僅かばかりの不信を目に浮上させる。

「荒太どの?」

「だってさ。お前が生きてちゃ、美羽さんはいつまでも脅かされる。新庄が暴走する危険性も消えない。……真白さんが泣くのは嫌なんだよ。今、ここで、消してしまうのが一番賢い。誰に間違ってるって言われても、そういう考え方をするのが俺だ。お前もそんな身体に堕ちてまで永らえたって、惨めだろう」

 ともすれば、慈愛の念さえ感じられそうな表情と声。

 秀比呂が荒太の、懐柔する響きのある申し出を、吟味するように目を眇める。

 これは愚かな男ではない、と朝林の直感が告げていた。

「ましろ?ましろ…。あの時の娘か。見事な体術だったが、あれも忍びか?」

「違うが、彼女を侮辱するなよ。楽に殺してやれなくなる」

 荒太が飽くまで穏やかに言う。

「もとより私に選択の権限を委ねるつもりはあるまい」

 秀比呂に薄い微笑が向けられた。

「確かにお前は莫迦じゃないよ」


 笑んだ秀比呂の身体がゆらりと、水面に映る姿の揺らぐようにぶれた。

「それなりに自負もある」

 濁りの赤が収束し、秀比呂の姿と共に、逃げ水のごとく消えた。


 荒太らは気付けば青空の下、どことも知れぬ、まばらに民家が見える田舎道に立っていた。神器は皆、闇に帰っている。

 陽は落ちる準備を始めようとしていたが烏の飛ぶ姿はまだ見えない。

「…逃がしてやったのか?」

 蘭が複雑な顔で荒太に尋ねる。

「いや、逃げた。俺たちは朝林を窮地にまでは追い込んでいなかった。あいつにその自覚があるかどうか、はったりをかましてみたんだ。いかにも俺に、生殺与奪の権があるように演じてみたんだが、残念ながら奴には自覚があった。まんまと、逃げおおせたよ」

「教えてくれ、荒太どの。朝林はまだ〝人間〟か?」

 秀比呂の結界も、去り際の様子も、明らかに異常だった。

 荒太はかぶりを振る。

「いや。なぜあいつに、あれほど怪しげな自由行動がとれると思う。口にするのもおぞましい話だが、朝林は恐らく、妖物を喰ったんだ。気配からして、蜘蛛に属するものだ。グロテスクの極みだな。もう、とても人間とは言えないよ。喰ったところで禁断の力を得た自覚がどれほどあるものかと思ったが」

「朝林にその自覚が無ければ、殺めていたか?」

 蘭の問いに荒太は嗤った。冷え冷えとして。

「…あの、あの、き、救急車に、電話、したんですけど」

 割って入ったか細い少女の声に、男たちが振り返る。

 佳世のエプロンは、とうに赤く染まっている。

 膝に力丸の頭を乗せた彼女の手には、後生大事に青い携帯が握られていた。

「こ、ここ、どこなんでしょうか。場所の説明、しないと、さっきからずっと、ずっと、それを訊かれてて、」

 ぐったりと動かない血塗れの少年に、近くを通った野良犬が喧しく吠え立てたが、蘭と荒太の一睨みを受けると尾を丸めて逃げ去った。



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