裏の裏に笑う華
裏の裏に笑う華
砕巖と鬼雲の乱舞は、美しく繰り広げられた。
鬼雲の銀、砕巖の朱の軌跡が光り、消え、閃いてはまた消える。
間合いが長い得物を巧みに操れば戦闘に有利だ。
蘭の砕巖はじわじわと、鬼雲を圧倒しつつあった。
秀比呂は戦局を、頭の中で俯瞰していた。
獲物は確実に、術中に嵌まっている。
その時、猛る一方に見えた蘭が、秀比呂から離れた場所で静止した。
左手の甲を、口にあてがう。
形の良い唇が艶やかに弧を描き、く、と声を洩らした。
「く、く、ふ、は、は、は、は、はははははは」
蘭の哄笑の所以を秀比呂は知らない。
「気が触れたか。極限状態にはよくある」
「詳しいな、義龍。…滑稽だと思っただけだ」
「何がだ?」
美貌の青年の笑顔は、さんざめく華だった。
「私を踊らせている積りで、手の上で踊っているお前が」
蘭の言葉を受け、秀比呂は慎重且つ迅速に思考を巡らせた。
この結界の地に更に隠匿しておいた、蜘蛛の巣めいた呪術結界。
力丸はその存在に気付かず、蘭もまた、気付かぬまま激情に任せ呪術結界を乱れ踏み、術の深みに絡め捕らえたと、確信していたところだ。
(誤りだったと?)
くすくすと、まだ笑いながら、蘭が語る。
「我らにはな、義龍。呪術結界のスペシャリストがついているのだ。すなわち、陰陽師がな」
「天魔外道皆仏性・四魔三障成道来・魔界仏界同如理・一相平等無差別」
魔界偈を唱えながら軽やかに地に降り立った荒太を見た秀比呂は、同時に呪術結界が霧散した気配を感じた。跡形もなく、綺麗に消失した。
「…助太刀になったか、成利どの」
「無論だ、かたじけない。弟共々、恩に着る」
「いや、朝林の逃亡を防げなかった、七忍の落ち度でもある。主としてお詫びする。斑鳩から報せを受け、取り急ぎ駆け付けたが、間に合った、と言うところかな」
力丸に大事なければ良いが、と自らも腰刀・飛空を手にした荒太は思う。
目は秀比呂から外せない為、容体の確認も今は叶わない。
「下賤な忍びの、下賤な陰陽師崩れか」
「何とでも?変態。俺は多方面に有能でね。そういうのは実力が劣る者の遠吠えにしか聴こえないんだ」
それから、秀比呂より意識は逸らさないままで飛空の白刃に目を遣った荒太は、穏やかに、優しくも響く声で秀比呂に呼びかけた。
気心の知れた、年来の友人に対するように。
「なあ、朝林。お前、ここで死んでくれないか」
魔界偈の引用は『図説・日本呪術全書』著・豊島泰国、原書房より




