朱と赤
朱と赤
振り下ろされる鬼雲を、避ける余力は無かった。
力は全て攻めに注ぎ込んだ。
ここが死地かと力丸は覚悟した。
(探検団の活動がまだ、)
遠ざかる意識の中、小言の多い兄の声を聴いた気がした。
「砕巖。塵とせよ」
凄まじい衝撃に、秀比呂の身体は吹き飛ばされた。
鬼雲の柄を掴んだまま受け身を取り、体勢を立て直して顔を上げる。危うく鬼雲で自らを傷つけるところだった。
念入りに、強固に閉ざした筈の結界に侵入したのは、華やかな美貌の鬼。
悪鬼と見紛うほどに闘争心剥き出しな青年だった。
平素は穏やかな気質である蘭が、弟を傷つけられ猛り狂う寸前だった。
手には朱塗りの大身槍。
素槍よりずっと刀身が長い。鞘を覆う漆の朱色は鮮やかに澄んでいて、狂気が滲んだような結界の赤を、退けんばかりの清々しさだった。
その一方では濁った赤が乱暴な侵入の余波でより濁り、淀み、悲鳴を上げるように蠢いている。ばらりばらりと破片らしき物が落ちては溶けて、赤い地面に吸収される。それでも外界、青空までは見通せない。
「森成利か」
秀比呂が静穏な声音で質す。
「いかにも。――――――お嬢さん。弟をお願い出来ますか。ハンカチか何かで、とにかく傷口を押さえておいてもらえると助かります。呻き声を上げようがどうぞ容赦なく」
茫然としていた佳世が蘭の声に正気付き、身体を引き摺るようにして力丸の傍まで行くと、気絶している彼の左顔面に脱いだエプロンを当てた。
それを遠目に見て、少女が泣かずに済むかどうかと秀比呂は考える。
まだ戦局は決していない。秀比呂の打った布石にも、蘭は気付かずにいる。
「…怒りは冷静さを失わせる。気をつけたほうが良い」
「経験談ですか、教授?」
秀比呂が皮肉に笑いを返す。
「そうだな。貴殿らの主は、蛇蝎のようだ」
蘭がぎらりと睨めつける。
「蛇蝎は貴様だ、義龍。龍とは名ばかり。上様こそが天翔る竜に相応しい」
秀比呂が細く息を吐いた。
「―――――――貴殿も愚かだ、成利」
砕巖が唸りながら走り、鬼雲と交差した。
空気が唄う。




