嗤う
嗤う
竜軌は唖然として、我に返るまで言葉が出なかった。
「――――――――何をしている、お前」
〝これ、返す〟
美羽の掌には香り袋が乗っている。
「その為に来たのか、お前は。莫迦か、頭が足りんのか」
美羽はムッとした顔になる。
〝好みの香りじゃないから〟
この女、と竜軌は思った。
あらゆる悪口雑言を掻き集めて、その綺麗な髪の上から乱暴に降らせてやりたい。
本当に思考能力に欠いているのではないか。それとも常識知らずか。
今の状況が香りがどうこうと取沙汰する場面にしか見えないのなら、本物の莫迦だ。
「そういう問題ではない。夜、男の部屋にのこのこと入るな!」
竜軌の上げた鋭い叱声に、美羽がビクリと身を竦めた。
それでも突っ張るように香り袋を、紫檀の小さな台に置いて立ち去ろうとする。
置く瞬間、脇にあった円筒形の和紙が張られたランプを物珍しげに一瞥した。
「待て」
殊更、勝気で通そうとする顔が振り返る。
「…なら、何の香りが好みだ」
美羽は束の間考えてから紙に書いた。
〝キンモクセイ〟
美羽が襖の向こうに姿を消してから、竜軌は目を閉じてこめかみを押さえた。
一頻り美羽の軽挙に内心で悪態を吐いてから、思い出す。
児童養護施設ひまわりの庭には、金木犀の樹があった。
(帰りたいのか、あいつは?―――与えてやりたいと思うのは、ただの俺の独り相撲か?)
だとすればこんな滑稽な話もないな、と竜軌は嗤った。




