血潮
血潮
その結界は淀んでいた。
赤い濁りはどこまでも広がっている。感覚の優れた者であれば尋常な結界ではないと解るだろう。清浄、正常、そのいずれでもないと。
「名を呼ばんで悪かった」
メールを送信し終えた佳世の耳に力丸の声が届く。え、と佳世が顔を上げる。
「昔、悪くないと思ってた娘も花代と言う名でな。ちょっと呼びにくかったんだ」
「…遺言みたいなこと言わないでくれる」
「俺は強いが相手も強い。一旦、戦端を開けば物を言う暇も無くなる」
力丸はそれっきり、発言内容を証明するように佳世へ語りかけることをやめた。
敵が少女を巻き込んだ理由を彼は察していた。
(人質―――――――)
それでなくても守る人間を抱えていては条件は相手より不利になる。
不鮮明な赤を纏わせ現れた秀比呂の風貌は、やはり学者然としていた。
医療施設で着ていた物だろうか、全体的に服装が白っぽい。
だが表情は静まり、目も凪いで、狂人には見えない。
(何が精神鑑定だ)
魂の宿る神器には、性格がある。
その概ねが持ち主の気質を反映し、呼び出す際に発される言霊の、どのようなものを好むかに神器の性格がよく出る。心で名を呼ぶだけでも現れるが、口に出して名前と共に好む言霊を響かせてやると、刃もより輝きを増す。神器の意欲が増すのだ。
真白の雪華であれば「来て」、竜軌の六王であれば「起きろ」のように。
そして森家三兄弟が持つ神器が好む言霊は以下の通りである。
蘭の砕巖は「塵とせよ」、坊丸の雨煙は「恵みを」。そして散々、兄たちのからかいの的にされる力丸の清流は。
「清流!メシだっ!!」
嬉々として現れた神器を手にした一瞬のち、力丸の眼前に、秀比呂が聳えた。
ぎゃりり、と刃同士が不協和音を鳴らせ火花が散った。
幸いと言うべきか、少年の言葉を笑う人間はその場にいなかった。
力丸は真っ向から秀比呂と刃をぶつけ合った。
そうする他なかった。
「発育途中の身で私と力押しとは賢くないな、森長氏」
(やかましい)
受け流す余裕も与えなかった秀比呂の言葉は、それを承知の上での嫌味だ。
そして彼には真剣勝負のさなかでありながら、言葉を口にする余裕がある。
緩やかなようでいて速い秀比呂の動きは優雅とも言えた。
力で圧倒して来る相手には間隙を突くしかない。
しかし刃の向こうにあるのは落ち着き払った敵の顔。
(――――見つからぬ。では)
肉を切らせてやろう、と力丸は思った。
武士であろうと騎士であろうと女は守らねばならない。
力丸の頭部から真っ赤な鮮血が飛び、少女の悲鳴が上がった。




