流れに乗せて
流れに乗せて
竜軌を長くそこに留まらせてはいけないと美羽は感じた。
引っ張り上げなくては。まなこを鈍く光らせる竜を。
(暗いとこに、いちゃダメ)
彼を明るい世界に連れて行くのが美羽の役目だ。
「りゅうき、」
腕を掴み、右手で指差す。
『ハムレット』、オフィーリア。
白い枠の中、穿たれた穴から透明の細長いうねり。
水色の玉が幾つも浮かんでいる。
「綺麗だな。…オフィーリアの涙かな」
〝泣いてるの〟
「多分」
〝ヘビのぬけがらみたいだと思ったわ〟
竜軌が低く笑う。
「ロマンに欠けるがお前らしい発想だ」
〝尼寺に行けって言われた人よね?そこは知ってる〟
「有名なシーンだ」
〝ひどいわよね。自分を好きな女の子に尼寺、尼寺って。ハムレットが出家すればいいのよ〟
「自分は世俗を捨てられんかったんだ」
〝ひどく言われて、泣いた?〟
「愛する肉親を愛する男に殺されたりしたからな」
それは遣り切れない。
泣きたくもなれば、狂って溺れ死にもしてしまうかもしれない。
水に嘆きを流してしまいたかったのかもしれない。
辛いことは、無かったことにしてしまいたいと思ったのかもしれない。
「…女も純粋が過ぎれば哀れだ」
また雲行きが怪しい、と、美羽は思った。
シェイクスピアは竜軌を情緒不安定にさせる。
さすがは希代の劇作家とも言えるかもしれない。




