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余りにも深く

余りにも深く


『オセロー』と題された作品の前だ。

「りゅうき?」

 どうしたの?と尋ねると、竜軌は黙ってオブジェの横に張られた紙を指した。

「オセロがめそめそと後悔してる。ある意味、傑作だ。翻訳は松岡和子かな」

〝知ってるの?〟

「光島和子の本に名があった。嫉妬に狂って妻を殺したオセロは、こう報告しろと言ってる。『賢明さには欠けたがあまりにも深く愛した男だったと、容易に嫉妬に駆られはしないが、たばかられて前後の見境がつかなくなり、卑しいインド人のように、その部族すべてにも代えられない貴重な真珠を自らの手で投げ捨てた男だったと、その目は決して涙もろくはなかったが、このたびばかりはアラビアのゴムの樹から樹液がしたたり落ちるようにとめどなく涙を流したと』莫迦な男だ。…何を怒ってるんだ、美羽」

〝インドの人に失礼、人種差別〟

「俺じゃなくてシェイクスピアか当時のヨーロッパ社会かオセロに言え」

 白い枠の中、四角い小箱のような物がぽつぽつある。

 その手前に同じく四角い盾にも見える透明なガラス。

 ガラスには赤黒い色が走る。まるで十字架か裂傷だ。

 優しく美しく抽出しようとした色ではないだろう。

 醜いと見なされる感情の類の表現だと美羽は捉えた。

 醜くて、人を辛く不幸にする。

「このあとオセロも自殺する」

 竜軌の目はオブジェや翻訳文を通り越し、遠いどこかを見ていた。

 竜軌はオセロを罵るが、オセロの気持ちを理解出来ない訳ではないのだと美羽は思った。理解出来てしまう自分に腹を立てているのだとも。

 余りにも深く愛し過ぎた、愚かな男を知っているのだろうか。

「俺は傷つけないし苛まない。投げ捨てたりしないし、まして後悔に泣くことなど有り得ない」

 冷徹に苛烈を加えた声を竜軌が出す。

 竜が唸るように。

 違う。

 竜軌は後悔に泣かないのではない。

 泣けないのだ。強過ぎて泣ける強さを持てない人だ。

 だから美羽は、決して彼の傍を離れてはならないのだ。



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