紅葉乱舞
紅葉乱舞
今日は紅葉狩りだ、と竜軌が朝食の席で言う。
〝真白さんたちと、こないだやったじゃない。楽しかったわ、ピクニックみたいで〟
「あれとは別だ。お前と二人だけ、水入らずでしたいんだ。嫌か?」
「りゅうき」
嫌じゃない、と言ったつもりだった。
「うん、そう言うと思った」
竜軌が美羽の意を汲み取り、過たず言葉を返す。
嬉しくて、二人きりの紅葉狩りがとても楽しみになる。
紋綸子縮緬を絵羽の総絞りにした中振袖を、美羽は纏った。
竜軌のおねだりに勝てなかったのだ。
色は濃くて深い紫。渦を巻く川のようなデザインの、銀色と水色の帯に、橙と黄色の中間のような帯締めをして、赤い、楕円形のガラスの帯留めが効果的なアクセントになる。
髪は緩く上げて、古風な鼈甲の簪を挿した。
いつものようにカジュアルな服装の竜軌が庭に立ち、着飾った少女を一瞥した。
――――――――少女に見えない。
「美羽、おいで」
匂い立つような蝶に、いつもより丁重に手を差し伸べる。
ふわり、と美羽の手が留まると、そのまま握らずに導いた。
文子のプライベートルームのある建物の前は、錦繍が、日を受けて輝いていた。
赤い。
あたり一帯が赤い。見渡す限り。
(火の海)
なぜか、その言葉を連想した。
気付けば竜軌が、眩しそうに美羽を見ている。
「お前は美しいな」
彼はいつも、そう言ってくれる。美羽に自信を持たせようとする以上の、実感が籠った声で。
竜軌は近寄ると、美羽の肩に乗っていた楓の葉を払った。
「こいつ、お前のうなじを見ていたに違いない」
そんなことを言うので、美羽は笑う。
すい、と竜軌は頭を寄せると、美羽の首の肌を吸った。首の前と、横と、後ろに、柔らかい唇が押し付けるように触れた。吐息が当たるのは熱い。
唇に、唇が。
焦がれているよと言われている。
真紅に染まった葉にも負けず。
緩く結った黒髪に、大きな手が入り、戯れるように指を動かす。
黒髪が、幾らか解けた。
紋綸子縮緬と黒髪が地に舞う。蝶は、緑の芝に縫い止められた。鼈甲の簪は行方知れずだ。黄色い海の宝はどこに消えたのだろう。
「美羽」
竜軌は忍耐強く、美羽に長い猶予を与えてくれている。
だが美羽を呼ぶ声は狂おしく、悲鳴のようで。
襟元を開かれ、肌を尚、吸い、唇を余すところなく奪われる。
裾から割り入ろうとした大きな手は、そこで止まった。
「りゅうき」
何とも言えない思いで、名を呼ぶ。
熱情と欲望を目に露わにしながら、驚異的な自制心を以て竜軌は暴走寸前で自らを止める。
豊穣の秋。金の稲穂が実る。赤い葉が、舞う。
紅葉が狂うように舞い踊っても、竜は狂わず。




