見せない尻尾
見せない尻尾
お櫃からお茶碗に、しゃもじでご飯をよそう。
「りゅうき」
名前を呼び、竜軌に手渡すと竜軌はそれだけで満足そうな顔をする。
夕食時まで、美羽にペンを握らせつつ食事させるのに気兼ねしていた竜軌も、美羽が名前を呼べるようになってからは朝食と同様、胡蝶の間で美羽と食卓を共にするようになっていた。
「りゅうき」
再び呼んでから、美羽がガツガツ、とかっ喰らうジェスチャーをする。
「よく喰うなって?」
美羽が頷く。
朝食はそうでもないが、夕食になると竜軌はご飯を三杯は食べる。
「図体がデカいとガソリンも要るんだ。これでも荒太よりはマシだぞ」
〝荒太さん、よく食べる?竜軌より?〟
「ああ。あいつはあれで、大食漢の食いしん坊だ。昔っから。まあ、飯を作るのは奴自身だから、真白が支度に追われることにはならんが」
〝良かった〟
「ああ、ホワイト・レディはのんびりしてるぞ」
美羽は味噌汁椀を持ち、汁を飲む。
なめことお豆腐。合わせ味噌の風味が絶妙で美味しい。
(…内通者がいるとは考えにくいわ)
竜軌が、どうも探検団の活動を知った風な物言いをすることを、美羽もそろそろ訝しく感じ始めていた。どこかから情報が洩れているのか。
だが、探検団の結束は固い。仲間意識は強い。
(ランスロットやミスター・レインだって、竜軌にチクることはない。筈)
例えば力丸が竜軌に誘導尋問されれば、簡単に引っ掛かりそうではあるが。
或いは、坊丸が忠誠心の呵責に耐えかねて暴露する。
いやいや、とお椀を置いて、美羽は胸中でかぶりを振る。
いやしくも会員番号ナンバー1が、彼らを疑ってどうする。
マダム・バタフライは義侠心に厚い女傑でなくてはならない。
(それでこそ人望も集まるというものよ)
美羽の考えでは、政治家という人々は、人望無くしては成り立たない。ちょくちょく例外もあるらしいが。
つまり、多分、新庄孝彰は人望がある。
つまり、人望を持てば孝彰に近付く。
つまり、彼と今までより共通認識が持て、「お父さん」と呼べる日も近付く。
この遠大な計画の手始めが探検団なのだ。美羽は最近、それに気付いた。今のところ活動場所は橋の下に留めているが、行く行くはもっと会員を募り、活動範囲を広めるつもりでいる。
(会員カードとか作って、雨の日も活動するメンバーには特典として、猫の肉球スタンプを一個多くサービスする。清掃活動なんかは、きっとお父さんも気に入ると思うのよね)
美羽は何食わぬ顔で茄子の味噌田楽を食べながら、何食わぬ顔で晩酌する竜軌の顔をこっそり窺う。彼が何か勘付いているのは間違いないのだ。
この竜、油断ならない。




