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斃れる時

斃れる時


 夕飯の食器片付けを終え、緑茶を淹れた真白は、自分と夫の前に湯呑みを置いた。

 テーブルには抜かりなく荒太が、真白手作りのコースターを準備していた。

 真白はお茶にふう、と息を吹きかけながら、荒太にかねてよりの疑問を訊いてみた。

「荒太君。巫って、世界に何人くらいいるのかしらね」

「さあ。少なくとも俺たちは、二人は知ってるよね」

「新庄先輩と三郎でしょ」

「うん」

 望めばどんな物音も聴こえる巫の力を持つ新庄竜軌。

 そして、望めばどんな光景でも視ることの出来る巫の力を持つ坂江崎碧(さかえざきみどり)

 碧は前生において真白や剣護、怜と親を同じくする末の弟である。

 今はまだ年少で力の安定に欠けるが、いずれ美術館や博物館に足を運ぶことなく、展示物を観ることも可能になるだろう。

 竜軌がコンサートホールに行く必要が無いように。

「〝聴く〟タイプが国内に一人はいるって、新庄が言ってたなあ」

「え、ほんと?」

「うん」

「すごいわね。無料の携帯電話どころじゃないわ、テレパシーみたいなものじゃない!友達になれたら理想的だわ。待ち合わせのすれ違いとか、無いでしょうし」

 苦楽を分かち合えそうだ、と真白は夢想した。

「いや、それがそんな生易しいもんでもなくて。その一人ってのが沖縄在住、巫の力を生かしてユタをやってる、琉球語が堪能なお婆さんなんだ。生活リズムも違うから、ほとんど意思疎通が出来ないって。お年寄りが話す琉球の言葉ってほぼ外国語らしいよ。一度、東京ドームでやるアイドルグループのコンサートチケットが欲しいって新庄が頼まれたんだけどね。あいつも珍しく、希少な同胞の頼みだってんで引き受けてやったんだ。けど、言葉が上手く伝わってなかったみたいでさ。新庄の奴、演歌歌手のディナーショー、予約しちゃったんだよ。向こうは遠路はるばるやって来て、ものすごい期待外れだろ?あとで東京と沖縄にそれぞれいながら標準語と琉球語をぶつけ合って、激しい口喧嘩したそうだよ。悪口の意味、ほとんど解らなかったって言ってたけどね」

 真白の頭に部屋で一人、悪態を吐きまくる竜軌の姿が浮かぶ。それはそれで自然な情景とも思える。

「言葉の壁ね…。盲点だったわ。じゃあ、外国人に〝聴く〟巫がいても」

「その言語が解らないと。それか、向こうが極東の島国の言葉を知ってる可能性に賭けるかだね。〝あ、こいつは同類だ〟って気付かずすれ違うケース、あるんじゃない?」

「…意外に万能じゃないのね」

「うん。まず、自分の力が万能だと思った時点で、命取りだと俺は思うよ。そういう意味では人智を超越した巫の能力も、諸刃の剣だ」

 真白が湯呑みを置く。

 本能寺の変。

 まさか信長があんなところで斃れる筈はないと思った。

 あれは諸刃の剣が自分たちに跳ね返った一幕だったのだろうか。

「ところでホワイト・レディ」

 にこやかな問いかけに真白の胸がドキッと鳴る。

「何?」

「最近また、寝付きが良いみたいだけど。まさかまだ、冒険ごっこを続けたりはしてないよね?」

「まさかそんな。そんなことないわよ」

 交差させた両手の指を動かしながら、泳ぐ焦げ茶の瞳。

 嘘が吐けない妻を荒太は眺め遣り、息を吐いた。

(いたずら蝶々に悪影響、受けてる気がするんだよなあ)

 

 花の心騒がす 罪作りな蝶々


 モーツァルトが作曲した歌劇の一節を荒太は思い出していた。



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