円卓の騎士
円卓の騎士
商店街の惣菜屋にチーズコロッケを買いに行くのは、力丸の大事なお役目だった。少なくとも彼はそう自負していた。また、力丸は活気のある商店街が好きだった。新庄邸より彼の性分に合っていたのだ。派手な美形の、元気の良い少年は、いつの間にか商店街の人気者になりつつあった。軽やかに道を駆けているとあちこちの店から声がかけられ、誰だあれと思いながら、一応、手を振って通り過ぎる。
「親父、チーズコロッケ、二つな!」
「はいよ、風ちゃん、毎度おおきに!でも親父はやめてくれい、俺あこれでもまだ五十だぜっ」
「五十になれば立派に親父だろうが、待てよ、してみると上様も前生、親父であられたことになるか。それはマズいな。ううん」
店内の長椅子に敷かれた紺色の座布団に座り、考え込む力丸の前にお茶が出される。
風が一層、涼しく感じられるようになって来た時節柄、程良く温かいお茶は、道のりを駆けて来て乾いた喉に美味しいのだ。
「おお、いつもすまんな、娘。今日もお下げ髪で何より」
「あんた何百歳?娘じゃない、佳世です!」
お下げ髪の佳世は、赤い顔で抗議する。
足繁く店に通う派手な美貌の少年の客にだけ、娘がお茶を出すことを店主は知っている。それについてとやかく言って、ただでさえ難しいお年頃の娘に毛を逆立てられるような、下手な真似はしない。
「沙世、」
「佳世!」
「真夜、」
「マヨネーズみたいに呼ぶなっ」
「俺はそんな化け物みたいな年寄りではないぞ、今生ではまだ齢十六だ…沙世?」
「佳世!〝よわい〟って、あんた。へえ、あたしより二、上?見えない」
「例え二歳と言えど、年長者は敬え、真夜」
娘と少年とのいまいち噛み合わない会話を見かねた店主が、コロッケを揚げる傍ら口を挟む。
「風ちゃんさ、チーズコロッケ、よっぽど好きなんだね。そういうお客さんがいると、俺もやり甲斐があるよ、うん。仕事終わりの一杯が、より美味しいってもんだ」
「俺ではないぞ、親父。美羽様がお好きなのだ」
「みわさま、」
「御方様だ」
「おかたさま、」
「だから、上様の、奥方様だ、ご正室だ、」
「風ちゃんの言うことはいつも、古風だねえ。ご正室ってことは、ご側室もいるのかい?」
力丸の、湯呑みを持つ手が止まる。
「それは、」
「それは?」
「――――言えぬ」
力丸の莫迦正直さは兄たちに生温い目で見守られている。
「そうかあ、いるんだ、愛人」
力丸がむきになり反論する。
「違う、最近は、足も遠のいておいでだ、多分。何せ美羽様がおられるからなっ、当然だ」
しばらく黙っていた佳世が、ぼそりと言う。目は力丸の持つ湯呑みの中、緑の水面を見ていた。
「あんた、みわさまが好きなの」
「主君の奥方だぞ?もちろん大事なお方だ。俺はランスロットだしな」
「――――は?」
「俺のコードネームだ。知らんのか、最高と名高い騎士だぞ。美羽様をお守りするのに相応しい名だろう」
「アーサー王物語、知らないでしょ」
「うん。全部は知らない」
「なあ、親父」
「はいよ、風ちゃん。チーズコロッケ二つ揚がったよ。タオル、要るかい?火傷してねえか?ごめんよお、ほんと。あいつの短気はかみさん譲りだ、大事なお得意さんに。あとでようく叱っとくから」
年頃の娘を叱る勇敢さは店主には無い。
「…俺はなぜ、沙世に茶をかけられたのだ?」
ポタ、ポタ、と力丸の頭から雫が落ちて来る。
佳世が力丸の手にある湯呑みを引ったくり、中身をぶちまけたのだ。
「気になるなら読んでみなよ、円卓の騎士の物語。多分、理由、解るからさ」
粗筋を知る店主はタオルを差し出しながら言う。年頃の娘がなぜ怒ったのかを彼は理解していた。
「風ちゃん、イケメンだからなあ」
「俺がイケメンだと、真夜は怒るのか」
「ううーん、回り回ってそうなるかあ?」
白い帽子を取った店主の禿頭には汗が浮いていた。




