橋の上
橋の上
深夜、久しぶりの帰宅途中、声掛けもなく投げられたビール缶を斑鳩は反射的にキャッチした。缶はよく冷えている。
暗い水が流れる橋の上には忍びが一人。忍びが一匹。忍びでない人間が一人。
橋に設置された明かりの下、それぞれのシルエットを従えて佇んでいる。
「大変だね、斑鳩さん。それ、陣中見舞い。五百ミリリットルで良かった?」
「ありがとうございます、剣護様」
「その呼び方、むず痒いんだけどなあ」
剣護が頭を掻く。
「真白様の兄上様ですので。失礼しても?」
「どうぞ」
剣護が両手で勧めると、斑鳩はプシュ、と缶を開けた。
喉を仰け反らせてロングストレートを揺らしながら一気にビールを呷る様は、男から見ても胸がすく。
加えて、美女だ。
ビールを飲み干した斑鳩は、大きな息を吐いた。
「ああっ、生き返るっ!」
「疲れてるな。おまわり仕事は、美容の敵だ」
兵庫の労いに、ルージュを引いた唇の端を上げる。
「我ながら、どうしてこの職を選んだかと今でも思う時があるわ、兵庫どの」
「くノ一に、警察と来てはな。スリル無しには退屈な美女、と言えば格好もつく」
「どうかしら。朝林は、責任能力を問われないかもしれないそうよ」
持久力と体力には自信のある斑鳩も、ここ最近続く事件に疲労が溜まっていた。
長く遣り取りする余力も無いと自覚している彼女は、彼らが集った理由の核心に先に触れた。
剣護が舌打ちする。
「やっぱりか」
「山尾。あいつはどうしてるの?」
山尾は秀比呂が精神鑑定を受けている病院に潜入している。
「変わりないよ。部屋の隅っこに鼠みたいに縮こまって、ずうーっと、きちょう、私の蝶、めいた世迷言の繰り返しさ。気が滅入るったらないね。もし信長公が耳栓開けっ放しなら、さぞやご不快、鬱憤も山積だろう」
口には出さないが、兵庫も斑鳩も剣護も、この猫でも気が滅入るということがあるのか、と思っていた。極楽とんぼを地で生きているような山尾だ。
「おや、皆様。お静かですな」
「いや。お前、あんまり化け猫振りを発揮し過ぎるなよ。噂が立つぞ」
「それが参ったことにもう、立ってるんだよなあ、兵庫。だみ声の、太った猫の幽霊が夜な夜な病院を這い回ってるって言うのさ。事実と若干、異なるだろう」
「幽霊じゃないって?」
「太ってない」
心外そうに主張して、二足で立つグレーの猫のお腹はふっくらと突き出している。それは枕に最適であるように、寝不足の斑鳩には魅力を伴って見えた。




