イレイズ
イレイズ
捜査一課とは世に想像される通り、かくも殺伐としている。
先程まで立っていた、強盗による一家殺害現場は血の海だった。皆殺しの必要はどこにも無かった。快楽殺人の部類に数えられるかもしれない。
(ふざけた話)
しかしふざけた話の処理ばかりをするのが斑鳩の仕事だ。
犯罪人に天罰が当たるのであれば警察は要らない。
斑鳩もまた、天の存在を知りながら猜疑心を抱く一人だった。
斑鳩は血の匂いが布地に染みた気がするスーツに、携帯している香水をシュッと降りかける。グレーに細い白のストライプが入ったパンツスーツは、張り込んで購入した物だ。徒や疎かにはしたくない。そして犯罪現場から帰りしな、そんなことを考える自分が嫌になりもする。
「女心っすねえ、森田先輩。そんな気い使わなくても、先輩なら血塗れだって男が寄って来ますって」
向こうのデスクから、力無い声で茶化すように言って来る後輩の重富譲の目の下にも、うっすら隈が浮いている。軟弱、且つ軟派そうに見える顔がもっと貧相に見える。
これでも空手何段だとか言ってたわね、と斑鳩は考える。
「油断大敵。最近は男も細かくなって来てるからね。あなたも気をつけないと、ブランドだって二、三日着倒せばすぐよれるんだから。女の子が逃げてくわよ」
「俺、ブランドもんのスーツなんて持ってないすよ。お蔭様で彼女にも逃げられました。はっはあだ!」
「――――――苛ついてるわねえ。朝林がどうかした?」
図星を突かれた譲が口をへの字にする。
「精神鑑定で刑事責任能力がどうも、やばいっぽくて」
「…無いって?犯行に計画性は十分、認められると思うけど」
「確信犯なのは絶対だと、俺だって思いますよ。けどあいつ、留置場ん中でもずっと、きちょう?ちょうちょう?とかしか言わないって。朝林の部屋見ると、イカれた野郎だなとはそりゃ思いますけどね」
「…………」
日本史の資料、書籍が納められた書棚のある部屋の隣室、蝶の標本に埋め尽くされていた秀比呂の寝室を斑鳩は思い出す。あれは圧巻だった。吐き気がするほどに。譲の評価は妥当だ。
「おまけにあれですよ、消えた凶器の謎!警察が自分たちのミスを言い逃れしてるんじゃないかって、かなり叩かれたじゃないすか。んなこと言われたって訳解りませんよこっちは。一瞬前まであいつの手にあった刃物が、パッと手品みたいに消えたんですから。有り得ます?急に姿を消す武器なんて。あの事件は色々、クレイジーだ。人を莫迦にしてる」




