あなたの傷、あなたの愛
あなたの傷、あなたの愛
金木犀は、甘ったるいだけの香りだと思っていた。
美羽がその香りが好きだと答えてから、再考してみた。
確かに美点が無いではない。
甘い香りは嫌味が無く、人を傷つけない。
傷つけない。
傷を避けて生きられずにいられない人の世では、それだけでも称讃に価するかもしれない。
自分が人を傷つけることを得意とするぶん、竜軌が着眼したところだった。
心にひどい痛手を負った少女。
癒すとまでは行かずとも、それに寄り添い、優しく触れたのが、その花、その香りだったのではあるまいかと。
痛みも痺れも感じさせない、滑らかな傷薬のように。
黄色の小花の下にしゃがみ込み、人知れず涙を落とす少女の姿を見た気がした。
父母という盾も無く強風に煽られる。
なぜだと竜軌は憤った。
美羽も。帰蝶も。
胸を抉られ傷穴を穿たれ血を流していた。
美しい羽は無残にも裂け。
それを課されるだけの罪過が、彼女のどこにあったと言うのか。
竜軌が、信長が、神仏の存在を知りながら、彼らに猜疑心を抱く理由だった。
知るゆえに疑う。
天が彼女に与えないなら、自分の手で与える。
そう思いを募らせていたのに、気付けば自分が豊潤な恵みの中にいた。
竜は蝶の膝に甘え愛を施された。
相手無くして生きられなくなったのは、竜のほうだった。




