宝珠に願う
宝珠に願う
(もう、そんな季節なのね)
前からここに植わっていたのだろうか。
美羽の疑問に答えるように、竜軌が口を開いた。
「お前が来てから、植えさせた。庭師が上手くやってくれて、土に馴染んだ。…美羽は、そういうのは嫌がるかとも思ったが。金木犀があれば、お前もここを我が家と思いやすいと考えた。親父は石頭だ。まだお前に、完全な安らぎをくれてはやれん。このくらいが、精々だ、美羽。もう少し、我慢してくれ」
砂糖を使わない男の声は金木犀の香りよりも、美羽に甘い。
好きな香りを訊かれた時、美羽には意地の悪い思いがあった。
金木犀と答えたのは、ひまわりで得られていた素朴な温もりが、この家では決して得られないだろうという、当て付けめいた思いもあったからだ。
金で全て得られると思えば、大間違いだと訴えたかった。
しかし竜軌は、金で得られるもの以上に、得られないものを美羽にもたらした。
竜が乾いた土地に、恵みの雨を降らせるように。
慈しみと愛で包む。
その手には宝珠。
竜軌にはまだ見せていないけれど、美羽は日本刺繍の展示会で、文子に一つ、ブローチを買ってもらった。
それは宝尽しを刺したシリーズの一つで、黒い地に宝珠と松の刺繍が施された物だった。
六王の金細工みたいだと思ったのだ。
如意宝珠は、何でも願いを叶えてくれると言う。
美羽は今、竜の持つ宝珠に願いをかける。
(お願い、今。竜軌に)
愛情を返す、唯一の手段。
伝える為に奇跡を。
息を吸って、唇を動かす。
(お願い)




