背中
背中
美羽の身体は心地好く浮いていた。
誰か、大きな人の温かい背中が美羽を運んでくれる。
(お父さん?)
目を閉じていても、夜の外気に身を晒していると解る。
だが寒くはない。
「起きたか?酔いは醒めたか?」
(竜軌)
父ではなかった。
そうだった、もうあの人いないんだったわ、と思い出す。
とうに鈍麻した筈の痛みが、それでも胸をかする。
瞼を開けると、暗い庭の中を、竜軌に背負われて進んでいた。
「お前が寝てしまったから。もう運んでしまえと思ってな」
行くところがあると、そう言えば聞いた気がする。
夜のお散歩で、竜軌は美羽を連れて行きたいところがあるのだ。
「寒くないか?」
首を横に振る。竜軌の背中は温かい。強い。怖いものなど無いと思えるのは、すごいことだ。
ザ、ザ、と、いつもより重量を感じさせる足音に迷いは無い。
美羽を背に乗せていても乱れない呼吸。
安心して委ねてしまう。歩いても良いのだけれど、まだ甘えていたかった。
竜軌も、起きたのなら歩けとは言わない。
目的地に着く前に、美羽は竜軌が何を見せようとしていたのか、解ってしまった。
風がそれを運び、美羽に教えた。
甘い、甘い香り。
(金木犀)
夜の闇に、黄色い小花が淡く光る。
月が優しくその樹を照らしていた。




