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揺り籠

揺り籠


 大きな手をずいと差し出され、美羽は驚いた。

 仰ぎ見た竜軌の顔は静かだ。

 ついさっき自分を平手打ちした女に、どうして平静な態度が取れるのだろう。

 大人、だからだろうか。それにしてもさっきの言動はひどかった。

 しかしまだ彼の左頬は赤い。容赦せずに打ったことを、少し後悔した。

 美羽が手を凝視するばかりで固まっていると、竜軌は伸べた手を引っ込め踵を返した。

 他にどうしようもなく彼の背中を追い、真白と共に先程の部屋に戻った。

 優しげに整った顔立ちの男性はまだ部屋にいて、美羽に成瀬荒太と名乗った。さりげなく洒落ていて且つ清潔感のある身なりは、荒くれ者のような竜軌とはかなり印象が違う。

 真白の夫と聞いてお似合いだと思い、実際そう紙に書くと嬉しそうににこりと笑う。

 竜軌とは正反対な柔らかい態度だった。

 きっと真白は大事にされて幸福で、だから人にも優しく出来るのだと思い、羨ましかった。彼は真白と一緒に当分は邸内に留まり美羽を補佐すると告げると、夫婦揃って部屋から退出した。お仕事とか大丈夫なのかしら、と美羽は思った。

 あとには竜軌と美羽だけが残り、十畳はありそうな部屋に首がすうすうするような肌寒さを感じた。音は聴こえないが冷房が効いているのだろう、初夏と思えない涼やかさだ。同時に、温もりがないと感じた。人と人が生活する上で自然と生み出されるような温かさが。

 蝶と花が描かれた立派な襖。どっしりとした蘇芳色の木の机にテーブル。真新しそうな桐箪笥が置かれていて、壁は珪藻土かもしれない。ドレッサーではなく、艶やかな鏡台が高貴な姫君のように鎮座している。桜皮の、樺細工ではないだろうか。この家ではもう驚くことではないが、高級品だ。今は赤い布が掛かっている。布には金色の蝶が舞っていた。

 中学生のころ、ドレッサーが欲しいと我が儘を言って、周囲を困らせたことを思い出す。

 ノートパソコンにテレビまで完備され、ガラスの入った障子戸には簾が掛かっている。

 小さな床の間には、鮮やかな杜若が黒い焼き物の花器に活けてある。

「お前の部屋だ」

 気後れする美羽の気持ちを定まらせるように竜軌が言った。

〝落ち着かないわ、こんな部屋。もっと小さな部屋が良い〟

「我が儘を言うな。もう決まったことだ」

 美羽は俯く。長い、波打つ黒髪もその動きに沿って揺れた。

 黒髪を追う竜軌の目を、メモにペンを走らせる美羽は見ていなかった。

〝どうして私がここにいるのか、解らない〟

 美羽が投げたのは根本的な問いだった。

「…それを望む人間がいるからだ」

〝あなたも?〟

「そうだな」

 竜軌は机上に何かを置くと、部屋を出て行った。



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