金の檻
金の檻
いわゆる政略結婚で嫁いで来た少女は、器量は良かったが気性が苛烈だった。父が蝮なら娘は毛を逆立てた猫かと思い、信長は呆れた。
まあこんなものだろうと、さっさと見切りをつけようとした。
しかし気位の高い、毛を逆立てた猫の内面はひどく傷ついていた。
彼女の気質は実のところ、玻璃細工の蝶であった。
脆く儚く、舞えばたちどころに繊細な羽を損ねて宙から落ちてしまう。
美しいゆえに、痛ましかった。
その所以を信長が知った時、彼は斉藤義龍を殺そうと思った。
自らの手で義龍の首級を挙げられなかったことは、後々まで信長の悔やむところとなった。
さてそれでは、自分がそこまで帰蝶を愛していたかと言うと、竜軌はそこで首を傾げる。
どの女よりも、拘っていた気はする。
どの女よりも、掻き乱された。
彼女と共にいれば果てなく安らげるかと思えば、天を震わせる程に激させられることもあった。
要は惚れていたという訳だ、つまらん、と竜軌の思考はそこに行き着く。
帰蝶が望むより先に、信長はあらゆる贅を彼女に与えた。
その重みで蝶の羽が自由に動かぬよう。
自分から飛び去ってしまわぬように。
金の檻で閉じ込めた。
そうしてあれは幸せだったか、と竜軌は思う。
年月を重ねるにつれ、傷つき、ほころびた羽はゆるゆると癒されていったようには見えた。
しかしそれは時の手柄であり、自分の功ではないだろう。
そこで竜軌は心の本音に気付く。
(――――――成る程。俺は自信が無いのか)
彼女の声が今もって聴こえないのも、ひょっとしたら自分への拒絶の思いからではないか、と危ぶむ思いがある。
忌々しくなるような怯懦だ。そんなもの、自分には似合わない。
もし次に逢えたら。
金の檻などより、もっと柔らかなものであれを包もう。
重みで自由を奪うのではなく、あれが自然に惹かれるような、花のようなものを用意しよう。
蜜でも、甘い水でも。
玻璃細工の蝶が、ずっと傍で笑っていられるように。