愛を量る
愛を量る
撮影の手を止めた竜軌は、美羽の姿が見えないことに気付く。
周囲に視線を走らせると、自動販売機の前で、男と並びうずくまった彼女の背中が見えた。
「だから、俺の手持ちの小銭が三十円で、あんたが三百円なら、あんたがこの五百円玉を拾って、三百円を俺に寄越し、俺が三十円をあんたに渡すしかないだろう?二十円くらいの差額、大目に見ろよ」
滔々と語り、若者は美羽を諭す口調だ。
〝見れないわよ!二十円あればチョコが買えるわ〟
互いの財布の中身をチェックしたあとなので、二人共、五百円玉からは手を離しており、美羽も文字で意見をぶつけることが出来る。五百円硬貨はアスファルトの上で、じっと彼らの論争を静観している。
「チョコ喰ったら虫歯になるぞ、お嬢ちゃん」
〝あとでちゃんと歯を磨きますうー。ヨーグルト味の歯みがき粉、美味しいんだから〟
「―――――マジ?俺、ミント味しか知らねえ。苦手なんだよな」
〝歯医者さんに置いてあるわよ、ヨーグルト味。おすすめ!〟
若者が顔を歪める。
「歯医者、嫌いでさあ…」
論点が長閑にずれていく。
竜軌は黙って腕を組み、彼らの遣り取りを眺めていた。
(…面白い。そこらの舞台より見応えがある)
しかしいつまでも漫才を見ている訳にもいかないので、声をかけた。
「おい、美羽。浮気か?」
美羽は竜軌を勢いよく振り返る。
〝五百円玉よりあなたが好きよ!〟
美羽は、竜軌の言い指した浮気相手を勘違いしている。
「…ありがとう」
〝竜軌と五百円玉が同時に海に溺れていたら、だんちょうの思いであなたを助けるわっ〟
美羽の精一杯の愛情表現であり、比喩だ。
「そうか。ありがとう。嬉しいな」
礼を言ったあと数秒間沈黙し、断腸の思いか、と竜軌は呟いた。
「それでお前は何をしている、鹿本」
目を見張って竜軌と美羽の会話を窺っていた鹿本草介は、十円玉を取り落した。
チャリ、チャリーン、と小さな金属がアスファルトを弾いた。




