裏通り
裏通り
竜軌がその日向かったのは、寂れた裏通りだった。
スナックの看板がちらほらと出て、客引きらしい若い男性がうろついている。
美羽はお弁当やメモ帳の入ったバッグを抱えて、竜軌の後ろをついて歩いた。
「離れるなよ。ここらは余り、治安が良くない。お前を連れて来るのは気が進まなかったんだが」
これも床下を這ったせいだ。美羽は首を竦める。
ギュッと竜軌の左腕にしがみつく。
てっきり森林公園のような場所に行くと思っていた。
派手な柄シャツを着た通りすがりの男性が、美羽を見て口笛を吹く。
「お前が綺麗だとさ」
竜軌の意訳にそうなの、と頷いて見せる。
割れた看板。目付きの悪い、痩せた猫。山尾とは百八十度、違う。
電線には烏。アスファルトに我が物顔で散らばる空き缶。尖ったガラスの破片、破片。仰向けになって干からびた虫の死体に蟻が群がる。枯れた色にひょろりと伸びた雑草。
文子であれば目にしたこともないだろう世界。
(文子さんは道端に転がる犬の糞でさえ知らなそうだものね)
孝彰はどうだろう、と美羽は考える。彼の温厚な顔は、腐臭が漂うような世界のどこまでを包み込めるだろうか。
血とか泥とか。
(どこであっても人は生きているわ)
新庄邸は箱庭だ。広いけれど狭い。
近くのスナックからこちらを覗く中年女性の胸元が大きく開いたドレスは、紫のスパンコールで覆われている。
竜軌がにこっと笑いかけると、寝不足そうな彼女はあら、と相好を崩す。
「お姉さん、一枚、良い?」
「良いわよ、何枚でもどうぞ?」
煙草の煙を吹きかけながら愛想よく答える女に、竜軌はカメラを向ける。
何回かのシャッター音のあと、ありがとう、いつまでもお美しく、と竜軌が言うと女性はウィンクして手を振り、ドアを閉めた。
「怒るな。大人の社交だ」
美羽は、あ、そう、と冷たい目をする。
〝竜軌って、ああいうお店には〟
「一、二度、付き合いで行った」
絶対、嘘だと美羽は思った。
それから、色んな物にカメラを構える竜軌を見ていた。
(竜軌はマジシャンみたい)
彼のレンズを通せば、世界は顔を変える。
厳しく、ひたすら厳しさを突き詰めた中、一滴の救いのように、美しさが見える。
砂糖を使わない芸術家だ。




