お説教その四
お説教その四
浴衣を着て、胡蝶の間を訪れて胡坐をかいた竜軌を、美羽は正座して上目遣いで見上げた。
いつもであれば帰宅してすぐ、自分の部屋に戻る前に胡蝶の間に足を運んでくれる竜軌が、今日は夕飯のあとになるまで来なかった。
床下探検を知って、怒っているのだ。
「お前は莫迦か」
案の定、呆れた声で言われる。
それから、頭を両手で挟まれた。
「寂しかったのか。美羽」
低い声で穏やかに尋ねられ、美羽の目からじわ、と浮かぶものがある。
そうかと言って、竜軌は美羽の身体を抱き寄せた。
「楽しかったか?」
尋ねられてコクコク、と頷く。
「そうか。……まあ良い。今後は、するな。親父だったからまだ良かったものの、母だったら卒倒してるぞ」
それは確かに、と美羽も文子と遭遇した場合のことを思い描いて納得する。
そして卒倒から目覚めた彼女に、何かよっぽどの事情がおありだったのね?などと言われそうだ。
〝竜軌。あまり怒ってない?〟
ふう、と竜軌は息を吐く。
「どちらかと言えば、呆れてるよ。お前は変わらんと思ってな」
〝きちょう?〟
「ああ。侍女では物足りなかったんだろう。蘭や坊丸や力丸を引き従えて、城の上から下まで動き回って。俺に命じられた仕事をしている最中の蘭まで駆り出したのを、怒ったこともある。そしてそれに飽き足らず伽藍にまで足を伸ばす。本丸御殿は退屈だとか抜かしおって」
笑みを浮かべて遠い目をして話す竜軌を見ると、美羽は複雑な気分になる。
昔の自分に妬くという、奇妙な体験を彼女はしていた。
〝侍女?お城に住んでたの?〟
「侍女は物の例えだ。お前の身の周りの世話をしてくれてた、近所のおばさんだ。城とか言ったのも、それくらい広い家という意味だ」
〝がらんって何?〟
「寺院の建築物のことだ。七堂伽藍は金堂やら講堂やら、寺の基本的な建物を指す。堂塔伽藍と言えば、寺の建物、全部引っくるめた物と考えれば良い」
〝私、お寺が好きだったの?〟
「いや、お前はそこまでは信心深くなかった。暇潰しだったんだろう。美羽、明日は撮影について来い」
美羽はパッと顔を輝かせた。
〝いいの!?〟
「ああ。床下よりにいられるよりはマシだ」
〝でもせっかく私、かっこいいコードネームを持ってたのに〟
「ろくなことを考えんな…」
〝私ね、竜軌。マダム・バタフライよ。クールでしょ〟
「シュールだ。お前、蝶々夫人のあらすじ、知らんだろう」
〝知ってるわよ。私はピンカートンみたいな男は選ばなかったつもりだけど?〟
違いない、と竜軌は笑った。




