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久し振りに新庄邸を訪れ、美羽から誇らしげに冒険報告を受けた真白は、驚いた。
胡蝶の間で出された緑茶を飲みながら、生気に満ちた美羽の顔を窺う。
(元気になった、証拠よね?)
邸に来たばかりの美羽とは比ぶべくもない。
「先輩に怒られないの?」
〝秘密にしてるから〟
美羽がにやりと笑う。
竜軌の笑い方に似ている、と真白は思った。
美羽は床下探検ののち、入浴して汚れを素早く落とし、着替える。
そして撮影から戻った竜軌を、何食わぬ顔で出迎えるのだ。
(…本当にばれてないのかしら)
文字通り耳聡い竜軌に隠し事をし通すのは、至難の業だ。
〝真白さんもよかったら、どう?〟
蝶は悪事の誘いをかける。羽をはためかせて真白を招く。
「え、」
実は話を聴いていた時から、面白そう、と真白は心惹かれていたのだ。
何しろ場所はこの新庄邸。ちょっとしたテーマパークよりも興味が湧く。
「そうね。素敵だと思うけど。…でも、荒太君が何て言うかしら」
〝隠しておけばいいわ〟
「荒太君に、隠し事?」
〝浮気なんかに比べたら、全然、罪が無いわよ〟
ね?と言うように美羽が笑いかける。
「―――――私も探検隊の仲間に入れてくれるの?」
やった、と美羽は拳を握る。
〝真白さんなら、大歓迎よ!会員番号はナンバー4でいいかしら?コードネームは何にする?〟
「ねえ、荒太君」
真白は帰宅した荒太を出迎えながら呼びかけた。今夜は鯖の味噌煮だよ、と言う荒太の手から、食材の入ったエコバッグを受け取る。
荒太は笑顔で妻に応じる。
「何?美羽さん、元気だった?」
「ええ、元気だったわ。とっても」
とっても、を真白は強調した。
「あの、…床下隠れの術ってあったでしょう?」
荒太が鞄を下ろしながら眉を寄せ、ソファに腰を下ろす。
「ああ、今時のそこらの建築じゃ、もう出来ないけどね。出来なくて良いよ、あんなの。床下には色んな虫がいるし、湿気がある時はひどいし、腹は減るし、長期の場合は悪臭がつくし。俺、昔、あれしに行く前は憂鬱だったもん。喰いたいもん喰えないって辛いよ。その代わり、上の会話は正確に聴き取れたけど。新庄なんかには必要ない忍術だ。…真白さん?」
「何?」
「気のせいかな、目がきらきらしてるよ。輝いてる。いつも以上に」
「そう?そんなことないわ」
ないわよ荒太君、と繰り返し、真白はそそくさと洗濯物を取り込みに行く。
早くも、どこかの家から夕飯の準備をする匂いが風に乗って届く。
少しずつ日の入りが早くなっている。
もうすぐ錦繍の季節が訪れるのだ。
晴れた日の陽光に当てられた、お日様の匂いのする洗濯物を腕に抱えると、幸福感も抱え込んだ気分になる。
(…コードネームは、何が良いかしら)
こうして悪い遊びは拡散していく。




