叫び
叫び
美羽がガバ、と起き上がった。
「何だ?どうした」
〝忘れてたわ。竜軌にお土産、買ってきたの〟
竜軌も口元をほころばせて起き上がる。
「へえ、何をくれるんだ、美羽?」
美羽が、胡蝶の間の机に置いていたバッグの中から紙袋を取り出して来る。
これ、と言うように、竜軌の顔の前に差し出した。
思えば美羽から何か貰うのは、これが初めてだ。
喜ばしい気持ちで緑色の紙袋を開けると、キーホルダーが落ちた。
竜軌はそれをつまみ上げ、しげしげと見た。
「………」
五センチほどの長さの木の棒に、ムンクの『叫び』の有名な人物像がリアルに描かれている。
「美羽。これは、」
〝気に入ってくれた?〟
いやげものか、と尋ねる前に美羽に笑顔で訊かれ、竜軌は言葉を呑み込んだ。
「…芸術的だな」
〝クールでしょう?〟
辛うじて嘘ではない言葉をひねり出した竜軌に、美羽が駄目押しのように尋ねる。
「アートだ」
言い方を工夫してみる。
〝カギにつけてね〟
冗談じゃない、と竜軌は頭の中で叫んだ。
「鍵はポケットに入れるだろう。それは木だから折れるかもしれん。鍵につけるのはやめておこう。勿体無い」
美羽が期待外れな、萎れた顔を見せる。
「――――――その代わり、引き出しに大事に仕舞っておくから。な?美羽」
〝真白さんも、一緒に買ったのよ。荒太さんにって〟
(何が悲しくて荒太とお揃いのムンクの叫びを俺が持ち歩かねばならんのだ)
美羽からのお土産、という付随価値が無ければ、いっそ山尾にでもくれてやりたい代物だ。
「…こんなセンス溢れる、イカしたキーホルダーなら、さぞかしファンも多いんだろうな」
美羽へのご機嫌取りで言った台詞に、彼女は力強く頷いた。
〝そうなの。レジの人の話ではね、顔の部分の絵の具が消えてしまったからって、買って一年経ってから、また買いに来た人もいるそうよ〟
「そうか。そうだろうな。そうだと思った」
そうだと思った、と頷いて見せながら、俺にも知らんことは山のようにある、と竜軌は考えていた。




