矛盾と書いて
矛盾と書いて
樫の扉を乱暴に開ける。
「話とは何だ。手短に済ませろ。俺は忙しい」
言いながらソファにどっかと座る。
「スワンボートに乗るのがかな?」
孝彰の穏やかな声に、無表情のまま、誰がバラしやがった、と思う。
「知り合いの議員の息子さんがたまたま見かけたそうだよ」
「―――――そうか。どこのドラ息子だ」
「それは言えないな。お前が八つ当たりの感情から、彼に何かすると困る」
「俺を信じていない」
「信じているとも、竜軌。ただね、私はお前がスワンボートに現を抜かして、賭けの約束を忘れていはしまいかと、少々、心配なんだよ」
竜軌は動きを止める。
賭け。
竜軌と孝彰が交わした約束。
「忘れていたほうが、あんたには好都合なんじゃないか?」
孝彰は温厚な目で息子を見た。
いつも、温厚な目で竜軌には接しようとして来た。竜軌が自分に向ける、鋭利で突き放した眼差しを、父ならば包む目で見続けるしかないと思った。
「私は、お前の父親だ。…父親は息子に試練を課しながら、胸の底では誰より強い男であって欲しいと願う生き物だ。信じないかもしれないが、お前が賭けに勝っても、私は心より残念とは思うまい」
「無念とも思わんか」
「思うだろう」
「矛盾しているな」
「それが親だよ」
竜軌が部屋から出ようとした時、孝彰が呼び止めた。
「――――…竜軌。その、本当にお前が、スワンボートに――――――――」
「乗った」
「…そうか。いや、それだけだ。行って良い」
開けられた時と同様に、樫の扉は乱暴に閉められた。




