スワンボート
スワンボート
九月も末頃になると、竜軌は外を出歩ける程度に回復した。
早速、彼は美羽をデートに誘った。
「うちの薔薇はギリギリで見られて良かったな」
〝ステキだったわ、バラ園〟
美羽は文子に誘われて、薔薇を見ながら優雅にアフタヌーンティーを楽しんだ。
まだ気温の高い時期に、文子はにこにこと着物を纏い、平然と熱い紅茶を飲んでいた。後ろからは秋枝が彼女に日傘を差し掛けて微動だにしない。美羽の後ろにも日傘を差し掛ける女性が立ち、文子が、これから美羽さんのお役に立って差し上げてね、と話しかけていた。察するところ、美羽専属の家政婦ということだろう。どうしたら彼女にお引き取り願えるか、美羽はそれ以来ずっと考えている。
「薔薇は好きか?」
〝好きだけど、お部屋に百本も持ち込まないでね〟
竜軌がダメなのか、と言う顔をする。
いかにもぼんぼんの考えそうなことだわ、と美羽は嘆息した。
そのぼんぼんの竜軌も、今は髪に赤いエクステを戻し、破れたジーンズに黒に白い幾何学模様みたいなものがプリントされたTシャツを着ている。靴だけは立派な、オーダーメイドの革靴。彼のお気に入りなのだ。
こうして見ると、新潟でのスーツ姿は飽くまでも扮装だったと言わざるを得ない。
明らかに、今のほうが自然体だ。
二人の歩く公園には大きな池があり、ランニングしている人間、子供連れも多い。
カップルも多く見かける。
美羽が竜軌のシャツの袖をぐいぐいと引いた。
「ん?」
〝竜軌。あれ、乗ろう?〟
美羽はメモ帳を竜軌の目の前に出し、池の一点を指差した。
そこに白鳥の形をした足漕ぎボートを見た竜軌は、あっさり首を横に振る。
「嫌だ」
〝どうしてよ〟
「好い大人があんな物に乗れるか」
〝乗ってるカップル、いっぱいいるわ〟
「美羽、覚えておけ。あれは良くない大人だ。あんな人間になるんじゃないぞ」
〝失礼ね。乗りましょうよ〟
「嫌だ。待っててやるからお前、一人で乗って来い」
〝竜軌のバカ〟
「莫迦で結構。あれに乗る莫迦よりはマシだ」
〝じゃあ、蘭と乗るわ〟
爺やよろしく近くに控える蘭を振り向こうとした美羽の腕を、竜軌が掴む。
「駄目だ。許さん」
〝一緒に乗ろう?〟
「しつこいぞ、美羽。俺はしつこい女は好かん」
そして五分後、力丸は坊丸とベンチに座って甘いクランベリーの乗ったホワイトモカを飲み、青い空、池の揺れる水面の向こうを見ていた。
今日も良い天気だと思いながら、行儀悪くベンチの上に胡坐をかいている。
「なあ、兄上」
「何だ、力丸」
「上様は、なぜスワンボートに乗っておられるのだろう」
「……惚れた弱味だろう」
「そうなのか。惚れたら、スワンボートか」
「そうだ。惚れたら、スワンボートだ」
「怖いなあ。惚れるというのは」
「うん。怖い。お前もよくよく気をつけろよ」
「そうするー」




