表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/663

スワンボート

スワンボート


 九月も末頃になると、竜軌は外を出歩ける程度に回復した。

 早速、彼は美羽をデートに誘った。

「うちの薔薇はギリギリで見られて良かったな」

〝ステキだったわ、バラ園〟

 美羽は文子に誘われて、薔薇を見ながら優雅にアフタヌーンティーを楽しんだ。

 まだ気温の高い時期に、文子はにこにこと着物を纏い、平然と熱い紅茶を飲んでいた。後ろからは秋枝が彼女に日傘を差し掛けて微動だにしない。美羽の後ろにも日傘を差し掛ける女性が立ち、文子が、これから美羽さんのお役に立って差し上げてね、と話しかけていた。察するところ、美羽専属の家政婦ということだろう。どうしたら彼女にお引き取り願えるか、美羽はそれ以来ずっと考えている。

「薔薇は好きか?」

〝好きだけど、お部屋に百本も持ち込まないでね〟

 竜軌がダメなのか、と言う顔をする。

 いかにもぼんぼんの考えそうなことだわ、と美羽は嘆息した。

 そのぼんぼんの竜軌も、今は髪に赤いエクステを戻し、破れたジーンズに黒に白い幾何学模様みたいなものがプリントされたTシャツを着ている。靴だけは立派な、オーダーメイドの革靴。彼のお気に入りなのだ。

 こうして見ると、新潟でのスーツ姿は飽くまでも扮装だったと言わざるを得ない。

 明らかに、今のほうが自然体だ。

 二人の歩く公園には大きな池があり、ランニングしている人間、子供連れも多い。

 カップルも多く見かける。

 美羽が竜軌のシャツの袖をぐいぐいと引いた。

「ん?」

〝竜軌。あれ、乗ろう?〟

 美羽はメモ帳を竜軌の目の前に出し、池の一点を指差した。

 そこに白鳥の形をした足漕ぎボートを見た竜軌は、あっさり首を横に振る。

「嫌だ」

〝どうしてよ〟

「好い大人があんな物に乗れるか」

〝乗ってるカップル、いっぱいいるわ〟

「美羽、覚えておけ。あれは良くない大人だ。あんな人間になるんじゃないぞ」

〝失礼ね。乗りましょうよ〟

「嫌だ。待っててやるからお前、一人で乗って来い」

〝竜軌のバカ〟

「莫迦で結構。あれに乗る莫迦よりはマシだ」

〝じゃあ、蘭と乗るわ〟

 爺やよろしく近くに控える蘭を振り向こうとした美羽の腕を、竜軌が掴む。

「駄目だ。許さん」

〝一緒に乗ろう?〟

「しつこいぞ、美羽。俺はしつこい女は好かん」


 そして五分後、力丸は坊丸とベンチに座って甘いクランベリーの乗ったホワイトモカを飲み、青い空、池の揺れる水面の向こうを見ていた。

 今日も良い天気だと思いながら、行儀悪くベンチの上に胡坐をかいている。

「なあ、兄上」

「何だ、力丸」

「上様は、なぜスワンボートに乗っておられるのだろう」

「……惚れた弱味だろう」

「そうなのか。惚れたら、スワンボートか」

「そうだ。惚れたら、スワンボートだ」

「怖いなあ。惚れるというのは」

「うん。怖い。お前もよくよく気をつけろよ」

「そうするー」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ