モラトリアム
モラトリアム
シルクの傘の乗った、電気スタンドのオレンジの明かりだけがまだついている。
晩夏から初秋に差し掛かろうとする時分、虫たちが清かにすだく。
「…胸に、触って良いか?」
麻のパジャマの薄い生地では、防げないものがある。
だが美羽は思い切って頷いた。
それくらいの譲歩はしなければと考えた。
大きな手が膨らみに届く。女性の胸に触ると言うよりは、お地蔵様の頭に手を添えるような仕草だ。
「鼓動が速い。怖いか。恥ずかしいか」
美羽はかぶりを振り、次に頷いた。
膨らみの上から唇を押し当てられ、思わず竜軌の頬を張る。
パン、と乾いた音が一つ。
「…おい」
何だこの仕打ちは、と言われる前に、急いでその唇を塞ぐ。
結果的に、竜軌を布団に押し倒した形になった。
頬にも、唇をつける。とにかく、取り繕わなければと焦っていた。
「――――なあ、美羽。抱いてはならんのだよな?」
コクコクと頷く。黒髪が動きに合わせて大きくうねる。
だよなあとのんびりした声が響き、くる、と視界が回ったと思えば、互いの身体の上下が逆転していた。
「俺はされるばかりなのは好きじゃない」
黒い瞳が上から言う。
くちづけて、蝶の胸に顔を埋めて。
その先へ行くのだろうかと美羽は怖気づいた。
だが竜軌はそれから、以前と同じように美羽の身体を緩く寄せただけだった。
「長い猶予は与えんぞ」
チュ、と前髪の生え際にキスされる。
竜軌は右手を伸ばして電気スタンドの紐をカチリと引っ張った。
「お休み、美羽」
だから美羽はこの竜が大好きなのだ。




