目の前に、
目の前に、
「あんた、相変わらずサドやなあ。濃姫もどちらか言うたらSやさかい、ぶつかればこじれるんは目に見えてんのに」
呆れた口調で荒太が言った。彼が関西弁を喋るのは、竜軌の耳にも懐かしい。
「好きな子苛めにはちいと年が行き過ぎやないですか?」
「口が滑った」
「はあ、口が。手も、素早い動きで」
「手も滑った」
「はあ、手も」
茶々を入れてから荒太は吐息をこぼし、赤い手形のついた竜軌の左頬を眺める。
日頃、尊大な態度で通している人間が痛い目に遭うのは、気楽な第三者としては愉快と言えないこともないが。
「…そない嬉しかったですか」
目の前に、焦がれた人が立っている。
その喜び。
(求めた年月が長いほど、か―――――)
荒太にも覚えのある感情だ。
しかし美羽には通じていないだろう。そこが難だ。
「とりあえず、フォローしたらどないですか?その左拳の中にある、香り袋でも渡して。んー、ええ匂いや。最上級の伽羅やな。蘭奢待ほどやないやろけど、金持ちはさすがにちゃうわ」
「お前は目端も鼻も利き過ぎて、たまにぶった切りたくなる」
ぎらりと竜軌に睨めつけられて、冷たい月のように荒太が薄く笑う。
「そらおもろい。出来るもんなら、御随意に?にしても真白さんたち、どこ行ったんやろなあ」