言質
言質
「美羽、俺だ」
その声に、鉦を鳴らして応じる。
この家に帰って来た、と思う。蘇芳色の机や優美な鏡台、蝶や花が描かれた襖を見た時よりも強く。
いつもの浴衣姿で胡蝶の間に現れた竜軌は、不機嫌だった。
〝何を怒ってるの?〟
「親父がお前に、お帰りと言ってやらなかった」
それには美羽も気付いた。
孝彰が意図してその言葉を避けたと解って傷ついた。
晩餐を共にしても、まだ家族と認められていないのだ。
それでも忙しいスケジュールの合間を縫って、あの時間を確保してくれた。
「俺に安静を心がけろと言うのも、お前に手を出すなと牽制してるんだ。何の歯止めにもならんがな。あの男は真直な物言いが出来ない。職業病だ。一緒に寝るだろう?」
〝寝る。けど〟
黒い瞳が美羽を見る。
「まだ抱くなと言うのか。お前は頷いた筈だがな」
大人の男の、誤魔化しを許さない顔に、返す言葉が無い。
だが竜軌がいなければまだ、安眠は遠い。悪夢が追う。
〝だって、傷が〟
言い訳を使い足掻こうとする。
「それくらい出来る。…俺が苛めているような顔をするな。……じゃあ触るだけにする」
〝体、を?〟
「他にあるか」
〝パジャマの上から?〟
「それで足りるか。諸肌を触らせろ」
〝下着、〟
「莫迦にしてるのか」
〝スケベ!〟
「同じ布団に寝る恋人を抱かない男の、どこがスケベだ。逆に変態だ」
美羽はぶんぶんぶんと首を横に振る。うねる黒髪が竜軌に当たりそうになる。
竜の腕に飛び込んで、いやだいやだと懇願する。
「…美羽。他の女に盗られて良いのか?」
抱き締めて、耳元で低く尋ねて来る。
答えは解っている癖に。
「そういう目は、逆に男を煽るだけだぞ。お前は、俺が欲しいと言った。くれてやると俺は答えた。そうだな?」
誤解を与える言い方をした自覚はあるが、美羽が欲しいと言ったのは、もっと精神的な意味でだった。
ぶんぶんとかぶりを振り続ける。
(お願い、竜軌)
何もせずただ身を緩く抱いて、添い寝して欲しい。
蝶はまだ、安心が欲しいと乞う。
竜軌は考え込む目付きで、美羽を見る。




