マイホーム
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その日の午後、新庄邸に帰った美羽たちを、玄関先で孝彰が出迎える、ということはなかった。
文子も竜軌も別段、それに不満な顔をするでもなく、自分の部屋に引き上げた。
変わってない、と美羽は脱力しながら感じた。
真白と荒太は、二人の家に帰って行った。
何かあればすぐに駆けつけるから、と美羽を送り届けた真白は告げた。
お世話になりましたと頭を下げながら、いつか彼女にお礼がしたいと美羽は願った。
夕食を一緒に、と孝彰から申し出があった時、美羽は驚いた。
もうこの邸では広くない部屋のほうが珍しいのだと解ってはいたものの、それでもやはり広いとしか形容しようのない洋間に、白い布の掛かった長方形のテーブルには銀食器が並んでいた。頭上には、恐らくはクリスタルの、目に眩い光を放つシャンデリア。絵に描いたように、いかにもな光景だ。ドラマのロケにでも貸し出したらどうかしら、と思う。二時間サスペンスなどに最適だろう。
胡蝶の間まで迎えに来てくれた竜軌に、お前の席はここだ、と椅子を引かれて、美羽は着席する。壁際に立つ男性が渋い顔をしているところを見ると、本来であれば彼の仕事であったのだろう。人の仕事を取ってはいけないと、あとで竜軌に注意しなくてはならない。
文子はにこやかな表情で既に着席している。
「珍しいこと」
そう一言、夫の提案を評した。
彼女の不機嫌な顔を、美羽はまだ見たことがない。
最後に温和な表情の孝彰が現れ、大きな油絵の入った額の前の席に着いた。
「美羽さん、疲れただろう。今夜はゆっくり休んでください。文子も。竜軌は、当面、安静を心がけるように」
竜軌は黙って会釈した。
孝彰の言葉で始まった晩餐は、それ以上、誰も言葉を発しないままに終了した。
家族の会話、というフレーズをどこかに置き忘れて来たかのような食卓に、美羽は食器の扱い方に緊張しながら臨んだ。食事の味を少し下げても良いから、言葉の遣り取りをする度合いを上げて欲しいと切実に願う。
美羽は満腹感と疲労感をお供に、よろめかないよう注意しながら退席した。




