怖いあなた
怖いあなた
〝滝川夫人とは、どういい感じだったの?〟
「軽くハグしただけだ」
〝本当のこと言わないと、もっと怒るわよ〟
「…キスまで行ったかもな」
〝それから?〟
「下着に…、美羽、待て、怒っても良いから帰るな!」
蘭は美羽により、邪魔とばかりに部屋から追い出されている。
美羽は渋々、椅子に座り直す。
〝私は、すごく思い悩んだのに。男は下半身でしか生きてないの?〟
「それも男の持つ一面だ。綺麗ごとで欲求は解消出来ない」
開き直ったような竜軌の発言に呆れたが、美羽の怒りを持続するエネルギーも、そろそろ底を尽きようとしていた。
〝あなたには、私しかいないと思ってた〟
「当たり前だ。美羽だけだ」
〝でも簡単に、代用が利くんでしょう?〟
「簡単じゃない。仕方なくだ。言っただろう、お前がいれば他の女は要らんと」
〝私がいなかったら、すぐ女性を見繕うってことよね。竜軌はかっこいいから、その気になれば女の人なんて、選び放題なんでしょう〟
前から思っていたがこいつは難しい漢字をよく知っている、と竜軌は感心していた。
美羽の涙は辛いとも思った。
美羽だけが竜軌に、強い辛苦や恐怖、悲嘆を感じさせる。
玻璃細工の蝶は竜軌にとって稀有で、怖い生き物だった。
「……泣くな、美羽。怒っても良いから」
〝あなたがそんなに浮気性だと、目が離せなくなるじゃないの〟
一緒にいるのが怖いと感じるのに。
竜軌が他の女性と、と思うとそれだけで頭に血が上り、恐怖まで吹き飛ぶ。
嫉妬に我を忘れる。
(私ってすごく焼き餅焼きなんだわ)
「目を離さなければ良い。傍にいろ」
竜軌は笑う。
「俺を他の女に渡したくないだろう?」
〝卑怯者〟
「ああ。卑怯者を、繋ぎ止めておけ。美羽。くれないのか?そろそろ」
美羽の頤に竜軌の指がかかる。
これを受け容れれば、竜軌を許すことになる。
唇の誘惑に、美羽は勝てなかった。
飢えていた竜は貪った。




