星の代償
星の代償
ノックの音に続いて、引戸を開けて星が姿を見せても、竜軌は驚いた顔をしなかった。
尤も大抵のことに驚かないのが彼という人間であり、竜軌を心底、驚愕させることの出来る人間のほうが特殊だった。
「…こんにちは」
「コンニチハ。来る頃合いだと思っていたぞ、渡木星クン。まあ座れよ」
竜軌の言葉に、俺の部屋より広そうだ、と個室内を見渡しながら、星が肘掛け椅子に腰を下ろす。
クラシック音楽が流れていないことが却って不自然なような部屋の内装に、気後れする。バイト先のレストランを思い出してしまう。
「怪我の具合は、」
「良好。本題に移れ」
「…来る頃合いだと思ったというのは、どういう意味ですか」
ち、と竜軌が舌打ちする。まだるこしい、と言わんばかりだ。
そうだった、この人、こういう人だった、と星は思い出した。
「言葉のまんまだ。善良で、好青年な星クンは、美羽の作文を延滞提出した罪の詫びを入れに来たんだろうが」
星が目を丸くする。
「どうして知ってるんですか」
「聞き飽きてる、その台詞。どいつもこいつも、俺に同じことを言いやがる。〝どうして知ってるんですか〟だと。は、間抜け共め」
過剰に攻撃的な竜軌の物言いに、さすがに星は気分を害した。
「あなたの目には、他の人間はそう見えるんでしょうね。カルシウム不足なんじゃないですか?新庄さん」
「皮肉か、小僧が。いっぱしに。許してやる、作文の件」
「はい?」
矢継ぎ早で脈絡の無い竜軌の言葉に星はついて行けず、リードを無理矢理引っ張られる散歩中の犬になった気分だった。
「お前が、お前なりに美羽を守って来たことに免じてな。情状酌量だ。その代わり、だ。渡木」
「…何ですか」
初めてまともに竜軌に名を呼ばれたな、と思う。
「一つ、頼まれろ」
真剣に光る竜軌の黒い瞳に、星は固唾を呑んだ。




