雨天
雨天
部屋に戻った美羽の目から、大粒の涙が降って来て、山尾の頭を打った。
「最近は日照り続きでしたが。やれ、久しぶりの雨ですな」
山尾はいつもと変わらない調子で言った。
だみ声は、弱った者を労わるように優しかった。
〝山尾さん。背中、借りてもいい?〟
「もちろん、どうぞ。私はジェントルマンな忍びですので」
うずくまり、グレーの毛並に顔を押し付けて、美羽は泣いた。
解っている。
竜軌は、命を懸けて、美羽を守った。
頭の良い彼が、それを最善と思い遂行したのだ。
それほどに竜軌が相手取った敵は手強かった。
(それでも怖かったのよ、竜軌)
喪失の恐怖に震えた。
竜軌のシナリオには薄氷の上を歩むような危険性があった。
一手、仕損じれば、竜軌の、美羽の足元の氷は割れ、冷たい海の底に沈む。
竜軌を失えば、美羽に浮上は不可能だった。
(あなたは自分の命と一緒に、私の心も賭けに出したの)
それすら判った上で。
(竜軌は私も、手の上で踊らせた)
竜に愛されるとはどういうことか。
美羽は知ってしまった。
落雷も吹き付ける風雨も、物ともしない竜。
器が違う、と言った孝彰の胸の内が、今なら理解出来る。
竜軌は恐ろしい男だ。
この先も愛し続けられるだろうかと、疑問を抱かずにはいられなかった。




