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強き者

強き者


 竜軌の入院する個室のテーブルには、孝彰の関係者からの豪勢な見舞いの品が所狭しと載せられていた。竜軌がそれらに向ける視線は、白々としている。

(邪魔臭い。しかもいかにもな、ナンセンスな品ばかりだ。婉曲な嫌がらせか?)

 グラビア雑誌の三、四冊くらい届けて見せる、気の利いた洒落心のある人間はいないのか。

 テーブルを占拠する品の一切合切、蘭に言って、ひまわりに届けさせようと思う。竜軌が一人でメロンを三個も四個も持っていても腐らせるばかりだ。

 大画面の薄型テレビが設置され、木がふんだんに使われたホテルの一室のような部屋を美羽が見れば、また眉間に皺を寄せて不機嫌になるだろう。

 何なのよ、この無駄に豪華な病室は、と。

 大部屋に移れ、くらい言われるかもしれない。

(来てくれるかどうかが問題だが)

 文子はこの部屋に何の違和感も無い顔で、ゆったりした肘掛け椅子に背筋を伸ばして座っていた。後ろには家政婦の三谷秋枝(みたにあきえ)が、まるでSPのように立っている。秋枝には実際、護身術の心得があると聞いたことがある。文子の着物は一昨日の物と同じで、さすがに旅先では毎日、違う着物に御召替えし続けることは難しいようだ。それでも帯締めは昨日と違うな、と竜軌は、白に橙の色が飛ぶ紐を見て思う。どんな時にも女心を忘れない、と受け取るべきか。だが恐らく文子のそれは、単に身に着いた習慣だろう。

「とにかくね、もう少ししたら、東京の病院に転院しましょう。お父様もそのほうがよろしいと仰ってるのよ、竜軌さん。治りがとっても早いって、お医者様が驚かれてるくらいだもの。そう遠い日のお話ではないわ」

「そうですね。それより母さん。美羽は、どうしていますか」

 それが、と文子は大粒の翡翠の指輪を薬指に嵌めた左手を、頬に当てる。

「ぼう、と言うのかしら。わたくしが何か話しかけても、余り答えてくれないの。…ショックが強過ぎたのかしら。可哀そうだわ。美羽さんには、あなたの転院と同時に、うちに帰って来てもらいたいのだけれど」

「………それは、父さんも承知ですか?」

「もちろんですとも。あの人は、あなたたちを温かく迎え入れたいと言っていましたよ」

 世間体の手前、そうせざるを得まい、と竜軌は思う。

(損になることはせん男だからな)

 そのことが、今回のような場合は良い目に出る。

「そうですか。母さん」

「何です、竜軌さん?」

「美羽のことが、お好きですか?」

「改まって。今日のあなたは質問ばかりね、竜軌さん」

 邪気の無い少女の笑いを、文子が見せる。しかし彼女は少女ではない。

「好きですよ、当然です。わたくしは最初から、美羽さんに、娘になってもらうつもりでいたわ。美羽さんは気高くて心根の美しいお嬢さんです。わたくしね、初めて美羽さんを見た時、竜軌さんを思い出したのですよ。そして、美羽さんがあなたを助ける為に、躊躇わず血を分けてくれたと聴いて、これで血の繋がった親子になったのだと感じたわ。お父様がどうお思いであっても、美羽さんはもう、わたくしの娘なのよ。この答えでよろしいかしら?竜軌さん。他に訊くことはおあり?」

 文子はおっとりと、饒舌に語った。

 竜軌は笑った。

 箱入りでも、貴婦人でも。帯締めへの気配りを忘れない母でも。

 女性には敵わないと思う時がある。

「いいえ。母さん。……ありがとうございます」



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