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祭りのあと

祭りのあと


『本日、正午前、市内デパート街の十字路で信号待ちをしていた男女の内、男性が、男に刃物で刺されました。刺されたのは国会議員、新庄孝彰氏の長男、竜軌さん、二十五歳。病院に運ばれましたが、重傷を負っています。新庄さんを刺した男は央南大学文学部史学科教授・朝林秀比呂容疑者、四十二歳で、新庄さんの連れの女性に対するストーカー疑惑が浮上していました。警察は、朝林容疑者が新庄さんに、その女性絡みで怨恨を抱いていたのではないかという見方から、調べを進めています。尚、朝林容疑者が所持していた筈の凶器が紛失されており―――――――――』

 客の手にする携帯からそのニュースを洩れ聴いた星は、思わず牛頬肉の赤ワイン煮込みの載った皿を落としてしまった。

 激しい音と同時に、磨き上げられた床に白い陶磁器の破片と牛肉、添え物の野菜が飛び散る。

 高価な衣服を身に纏ってテーブルに着く客たちが、眉をひそめた。

「皆様、失礼致しました。大変、申し訳ございませんでした」

 給仕長に睨まれる中、破片や散らばった料理を片付けながら、星はまだ動揺していた。

 自分がもっと早くにあの原稿用紙を渡していれば、竜軌が刺されることはなかったかもしれない。

 今、美羽がどんな気持ちでいるかと想像すると、星の顔は蒼白になった。


 ひまわりでもこのニュースを知ってから、施設長と信夫、律子の間には重苦しい空気が立ち込めていた。他の職員も薄々、事情に気付いている。

 施設長は頭を抱えていた。

「私たちは重大な過ちを犯してしまった」

 信夫は、星から渡された原稿用紙を握り締めていた。

 そこには、美羽の新庄家や竜軌に対する赤裸々な思いが綴ってあった。

 新庄家で幸せな日々を営んでいたと、そうあった。

 竜軌たちは怖い人間から、自分を守ろうとしてくれているのだとも。

 美羽は大学に進学しないのが惜しいくらい、頭脳明晰だ。声が出せず筆記に意思表示を頼るしかないぶん、かなり難しい漢字も知っている。就職に役立つかと思い、漢字検定を受けるよう勧めたこともある。そんな彼女の書いた文章には何の矛盾も無く、読む者に強い説得力を感じさせた。

 

 律子もまた、暗澹たる思いだった。

 施設長や信夫とはやや異なる点で。

 初めて美羽が心を開いた男性。美羽を年相応の、恋する少女に変えた男性。

 その竜軌の命が失われようとしている。

(もしも彼が死んだら)

 美羽は絶望し、永遠に心を閉ざすだろう。

 竜軌と共に、美羽の心も死ぬのだ。



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