お砂糖警報
お砂糖警報
いつか優しく裕福な夫婦が、自分を迎えにやって来る。
そんな甘い物語に思い耽るほど、美羽は夢見がちな性分ではなかった。
だのになぜ今、降って湧いたように〝養育里親〟を希望する人間が出て来るのか。
しかも小さな子供ではなく、十八歳という、可愛い盛りもとうに過ぎた発声に障害のある自分のような人間を。
社会において難しい立ち位置にある自分を、美羽は理解していた。
理解していたから一層、美羽は急展開した現状に疑問を抱いた。
ただ、今から新幹線の駅に向かう車の中、同行してくれる女性は美羽に優しい。
成瀬真白と名乗る女性は、自分を引き取る新庄夫妻と施設の大人たちの話し合いにもずっと同席し、美羽が東京に移る日取りが決まってからは荷物をまとめる手伝いも買って出てくれた。彼女が新庄夫妻や、今、車のハンドルを握る神崎弁護士とどういう関係にあるのかは知らない。ただ、互いに納得ずくでそこにいるという雰囲気だった。一度、真白が神崎弁護士を〝くろうもり〟と呼んだのは、呼び間違えだったのだろうか。気安い関係ならば、あだ名のようなものかもしれない。変わったあだ名だ。神崎弁護士は真白に対してとても丁寧な態度で接していた。
真白は決して押し付けがましくなく、それでいて常に美羽の助けになるだろうことを考え、動いてくれようとする。
今回の養育里親の話が持ち上がった当初から、彼女は美羽の傍らで、大丈夫だ、心配は要らない、と何度も同じ台詞を繰り返した。
この女性の目には、正しく自分が怯えた小動物のように映っているのだろう。
(もしこの女の人が嘘吐きなら、正直の定義から間違ってるんだわ)
胸に海辺で見た幻がよぎる。
今から行く場所に、あの黒い影は現れるのだろうか。
〝黒い男、いる?〟
こんな抽象的表現では伝わらないだろうなと思いつつ、メモ帳に美羽が書いた言葉を読んで、しかし女性は確かに頷いた。
「いるわ。逢えますよ、美羽さん」
優しい声で告げられて、そうか、やはりあれはいるのか、と思った。