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美羽はその晩、机の上を見ていた。
ピンクとも赤ともつかない美しい携帯。
「きちょう」を検索すれば、きっと答えはすぐにも出る。
驚くほど些細な情報まで、ネットで知れる世の中だ。
けれど、竜軌がそれを望まない。
入浴出来なかったこともあって、美羽の神経は苛立っていた。
(あんな苦しそうな顔で言われたら、頼みをつっぱねたり出来ない)
思い出せば苦しむと竜軌は言った。
だが美羽は、竜軌との共通の記憶が欲しい。
愛し合っていた夫婦としての思い出が。
(竜軌が少しでも、独りでなくなるように)
一緒に過ごして判った。
あれほど能力に恵まれた人ではあるが、竜軌は多くを望まない。
世の中に価値があると思えるものを、ほんの少ししか持たない。
先見の明が余りに優れ、彼に空しさを与えている。
はるか天高く浮く、意思を持つ飛行船のようで悲しい。
(でも、私といると笑うわ)
美羽を宝と言い、尊んでくれる。
(…きちょう)
彼女を知ることが竜軌の為になるのかならないのか。
山尾は相変わらず、でろりとフローリングに寝そべっていた。
椅子から立ち上がって彼に近付き、その毛を撫でる。
夜にすだく虫の音の中、ペンを取る。
〝山尾さんは、前世の私も知ってる?〟
「存じておりますよ」
〝幸せそうだった?〟
「私の目には、そのように映っておりましたが」
〝竜軌から、愛されてた?愛してた?〟
猫は目を細めた。
「それはもう、ラブラブで」
(ラブラブ)
心がふわ、と掬い上げられた気分だった。




