初めては猫のため
初めては猫のため
海岸にへばりついた灰色の岩に、竜軌と美羽は並んで腰掛けた。美羽は竜軌のスーツが汚れないかと気にしたが、竜軌は問題無いと答えた。竜軌は竜軌で、美羽のスカートを汚さないか気懸かりだった。フジツボや苔のような海藻の上に座るなよ、尖った部分に布を引っ掛けるなよ、と注意する。
竜軌に肩を寄せ、風に靡く長い髪を押さえながら、山尾にベッドをあげたい、と美羽は言う。
〝持ち手のついたカゴに、ふかふかしたお布団、敷くの〟
「あれは今でも十分、適当に寝てるだろうが」
竜軌にしてみれば、美羽と同室で寝起きしている点から愉快ではないのだ。
〝そこで山尾さんが寝たら、かわいいわ。絵になると思うわ〟
「………」
どうやら山尾自身の快適性より、美羽の乙女チックな夢想のほうが優先されているらしい。どちらかと言えば現実的でシビアな感覚の持ち主である少女が、楽しげに物語る。
竜軌は、頭の中で籠ベッドに横たわるだみ声の、肉付きの良い中年男性を思い浮かべた。女性に抱っこされるのが大好きな、甘ったれの。
「………」
可愛くないし、全く絵にならない。
(シュールだ。ゲルニカのほうが余程、鑑賞に値する)
無理もないが、美羽の目には、山尾は人である前に猫なのだ。
猫と思い美羽が無防備になり過ぎないか、心配になる。
「…お前は、それが良いのか」
うんうん、と美羽は頷く。
目を輝かせて。
宝石や洋服の前に、美羽に初めてねだられた物。
正直なところ、与え甲斐が無いと思う。
回り回れば美羽ではなく、山尾へのプレゼントとなる。
だが、あれはあれで一応、美羽の守りの一員でもあるのだ、と自分を納得させることに竜軌は努めた。
(持ち手のついた籠。あのデブ猫が入るくらいの。どこに売ってるんだ)
高価なブランドの店なら知っているが、女子供の好きそうな、素朴な雑貨を置く店までは竜軌も把握していない。
真白に探させよう、と人任せにする。
最近、どうにも困った時の真白頼みになっている自覚はあるのだが。
(貸し借りで物事を測る女でなくて助かった)
少女のリクエストに応えるのは、思ったほど簡単ではない。




