ミルフィーユ
ミルフィーユ
それから時間をかけ十分に美羽の唇を味わって、満足した竜軌は、今日はこれで帰ると告げた。
「そんな顔をするな。俺だって、すぐにお前を攫って帰りたいところなんだ。だが今、犯罪者のレッテルを貼られる訳にはいかない。ただでさえグレーゾーンにいるからな。明日、また来る。職員の許可が下りたら、一緒に海岸を散歩しよう」
家に連れ帰ってくれるのではないのだ。
項垂れた美羽は、気になっていたことを尋ねた。
〝竜軌。私、臭くなかった?〟
竜軌が何のことだと言うように首を右に傾げる。
〝昨日、お風呂に入ってない、から〟
今度は首を左に傾げる。立派なスーツを着た竜軌に対し、美羽は恥じ入る思いで続きを書いた。
〝髪も、洗えてないし。べたついてなかった?〟
「いや。そうなのか?気付かなかった。俺はお前の匂いなら、大概、何でも良いから」
ざっくばらんとも取れる物言いが、とても嬉しかった。
美羽の気持ちとは別に、ここでは毎日、入浴出来ないのか、と竜軌は眉をひそめて重大事のように言う。美羽のいる環境を卑しむのではなく、気遣い、慮っているのだ。
帰したくないと強く思う。
ぎゅうぎゅうとスーツに抱きついた。大好きなこの竜を監禁してしまいたい。
「おい、美羽。物騒なこと考えてないか」
にこやかに首を横に振る。私は嘘吐き、と思いながら。
「…コアラみたいにお前をくっつかせて帰るのは無理だぞ。…それは良いアイデア、みたいに顔を輝かせるな、莫迦。困った奴だな」
困った奴だと言いながら、髪を優しく撫でてくれる。「竜を監禁」プランがまたもや美羽の中で鎌首をもたげる。竜軌が山尾のように、身体のサイズを調節出来れば良いのにと思う。猫のサイズになった竜軌であれば、後顧の憂いなく抱っこしてベッドで眠れる。腕の中でジタバタしても逃がさない。
「―――――何か怖いからもう帰る。このままいると、お前を襲うか襲われるかしそうだ」
〝そんなことしないのに〟
白々しい顔をしてまた嘘を吐いた。
竜軌といると、美羽はどんどん嘘を重ねてしまう。
恋をすると、人は清らかで幸福な方向にのみ、踏み出すものだとばかり思っていた。
罪人に近しくなるということも、あるのだろうか。




