これをずっと
これをずっと
極めて大事な壊れ物を扱うように、竜軌は美羽をそ、と抱き締めた。
荒っぽさは微塵も無かった。今の出で立ちそのままの、紳士のように。
「……我ながら、驚くほどに苦痛だった。お前がいることに慣れ切っていたからな」
頭の後ろから声が聴こえる。上背のある竜軌が少し身を屈め、美羽を抱いて話すとそうなるのだ。
美羽の不在が苦痛だった。
強い竜軌がそう言っている。
孤高の竜が。
(私の、竜)
美羽は上等な麻の生地を皺になりそうなくらい握り締めた。
美羽を抱き締める腕の力が、少しずつ強くなる。
今はメモ帳とペンが無くても良い気がした。
言葉が無くても。
頭から、チュ、と音が降る。竜軌の黒髪がサラリと揺れて、美羽のこめかみにも唇が押し当てられる。
額に。
頬に、指を添えて上げられた頤にまで。
わざと焦らしているのだろうか、と思い竜軌の目を見る。
悪戯っぽく輝く瞳は、美羽の疑惑を裏付けていた。
「唇に欲しいなら、やらんこともないが」
意地が悪い、と思うのはこういう時だ。
にやにやと笑って美羽を試す。
「美羽」
耳元で囁く。
「言ってごらん?」
言えないと知っている癖に。赤面して髪を引っ張ると声を上げて笑う。
「ああ、悪かった。可愛いとつい、苛めたくなる。…美羽?」
不機嫌になった美羽は、そっぽを向き、唇を合わせようとする竜軌に背く意思を示した。
竜軌が追うのを避けて、飽くまで顔を背ける。頬は膨れている。
「―――――――悪かった。謝るから、くれ。美羽。俺が欲しいんだ」
じいっと上目遣いに睨み上げると、ぷ、と竜軌が噴き出してまた笑い始める。
何なのだ、と思う。
「可愛い。可愛いな、お前は、」
莫迦にしているのだろうか。
また気分が下降しそうになっていると、両頬を大きな手で包まれた。
これでは逃げようがなく、黒い瞳の接近を受け容れるしかない。
深く、味わうようにくちづけられたあと、ほう、と美羽は息を吐く。
オアシスに辿り着いた旅人のように、自分もこんなにも求めていたのだと知らされる。




