溶解
溶解
〝竜軌、どうしてそんなに、猫、被ってるの?〟
スーツ姿に見惚れてしまったとは教えない。
「俺は根っからの好青年だろうが」
〝うそばっかり〟
美羽が笑う。
「羊の仮面には羊の仮面で対抗する。…いや、猫か」
そう言って、美羽の部屋に立つ山尾をちらりと見る。真白が竜軌の意図を了解する。
「私、お手洗いに行って来ます。少し、長くなるかも。山尾も今から、お散歩に出るのよね?」
「はて、そういう予定はございませんがね」
炎天下、歩きたくはないと山尾が猫なりの表情で主張する。
真白が笑って、再度、問いかける。
「出るのよね?」
「…はあ。真白様が仰るなら」
些か強引に、山尾に提案を呑ませた真白が、部屋を出ようとする。その背に竜軌が声をかけた。
「おい、真白。ついでにトイレ掃除もして来い。念入りに、ピカピカに便器を磨き上げろ。切れたトイレットペーパーを補充したり、芳香剤やら消毒液やらもチェックしといてやれ。一時間くらいかかっても構わん。ここでのお前の好感度が鰻登りになるぞ」
「はい、はい。それはどうも」
呆れ顔で、真白が山尾を伴い出て行った。山尾は大義そうに、やれやれと言わんばかりに、四つん這いになって歩いていた。
二人きりになった室内で、竜軌が美羽の頬に手を置く。ゴツゴツとしてざらついた手。
黒い眼光が、愛しさに溶ける。その女性の名を、想いを籠めて呼んだ。
「美羽」
それは竜の、破顔一笑。




