審判
審判
竜軌を見た美羽の視界に、秀比呂は入っていなかった。
「美羽」
異口同音に二人の男が呼んでも、竜軌の声しか聴こえなかった。
スリッパを鳴らし走り寄って、麻のスーツに飛びつく。
うんと背伸びして首の下に頬擦りする。
(いつ来たの。どうして。竜軌。迎えに?やっと逢えた。竜軌。竜軌)
竜軌は微笑み、美羽の頭を撫でた。
拳を震わせ、目を血走らせて。
朝林秀比呂は竜軌と美羽を見ていた。美羽の頭を撫でながら竜軌も、素顔を晒した狼の顔を見た。そしてごくごく僅かに、唇の片端を上げた。秀比呂にだけ、判るように。
信夫もまた、秀比呂と、竜軌と美羽の二人を見ていた。
竜軌が信夫を見て尋ねる。
「彼女と、話をしても良いでしょうか。何でしたら真白さんにも、付き添ってもらいますので」
美羽と一緒にホールに足を運んだ真白が頷く。
「ぜひ。冬木さん。新庄先輩の言葉は事実です。その男は、昨日、美羽さんに近付こうとした、朝林秀比呂教授。東京から彼女を追い回して来たストーカーです」
変質者の話、真白がそれを撃退したと言う話は、信夫も聴かされていた。
教授。ストーカーの某大学教授、と書かれた記事を思い出す。
真白の言に、美羽も首を強く縦に振っている。秀比呂に向け、警戒心を漲らせた顔つきをして竜軌にしがみついている。
視覚と聴覚で得た判断材料を元にして、この場で、美羽を擁護する立場の人間として、言えることを信夫は言った。
「――――――お入りください、新庄さん。…朝林さん、ですか。申し訳ありませんが、本日のところはお引き取りください」
気位の高いペルシャ猫のような少女が、信じ切った笑顔を、輝くような笑顔を竜軌に見せながら、真白と部屋に去る様子を信夫は見届けた。家族のように和やかな空気が、三人を取り巻いていた。
まだ玄関ホールに立ち尽くす秀比呂を窺う。
彼は、今では落ち着き払った表情をしているかに見えた。
だがなぜか、信夫は彼の温厚な顔を見て、悪鬼、と言う言葉を思い浮かべた。
秀比呂は敵、なのだろうか。性急に決めつけることは出来ない。




