方法はいくらでも
方法はいくらでも
竜軌の優しい声をたくさん聴いたせいか、部屋に眠る山尾もいたからか、美羽は久し振りに悪夢を見ずに眠ることが出来た。竜軌の声音、息遣いが、変質者との遭遇によるショックまで退けたようだった。
(そんな風にしても守ってくれるのね。竜軌)
甘やかな気持ちで、身体を転がしながらベッドの上で余韻に浸る。
頬は締まりなく緩んで、汗でべたつく背中も余り気にならない。
しばらくそうしてから、起き上がり、カーテンとガラス戸を開けて朝の空気を吸い込んだ。蝉は今日も元気だ。耳にうるさいが、今はそれも許せる気分だった。
山尾はもう起きていて、普通の猫のようにでろりとフローリングの床に寝そべっている。
やはり彼も、暑さに弱いのだろうか。その顔が美羽に向く。
「お早うございます、美羽様。いや、本日も、良過ぎるお日和ですな」
〝おはよう、山尾さん〟
メモ帳を見せたあと、美羽がそう、と手を伸ばすと、山尾が、お、と言う表情をした。
グレーの毛を撫でてやったら、何とも幸せそうに目を細める。
(…可愛いわ。中が男性じゃなかったら、抱っことかして、一緒に眠りたいのに。暑そうだけど)
ベッドに上げるなと念を押した、竜軌の言葉を反芻しながら残念に思う。
〝私、今から着替えるけど。山尾さん、朝ご飯はどうする?〟
「ご心配なく。外で適当に食べて参ります」
美羽は疑問を感じた。
まさかハンバーガーや牛丼を食べて来る訳ではないだろう。
〝何を食べるの?〟
ははは、と言うように、山尾が顔の前で右手を振る。
「それを訊かれるのは、美羽様、野暮と言うものでございますよ」
笑む猫の顔は、『不思議の国のアリス』に出て来るチェシャ猫を連想させた。




