来客の、手には肉球
来客の、手には肉球
ベッドに横になり、美羽は長い時間、考え事をしていた。考え事の合間にも、気付けば竜軌の顔を思い浮かべていた。
みゃあ、というだみ声が、庭に続く網戸のほうから聴こえてハッとする。
この部屋には扇風機はあるが冷房は無く、ガラス戸を開けなければ暑いので、夏は大抵、網戸の状態にしてある。防犯の為に夜、寝る前には閉めて鍵をかけなければならないので、熱帯夜は非常に苦しい。
コンコン、と、とても軽いノックの音が更に続いた。
もしかして、と思った美羽はベッドから起き上がり、網戸に近付く。
網戸の向こうには、グレーの猫が立っていた。長い尾が、右に左に揺れている。
(山尾さん)
彼は真白と荒太を主君とする、忍びの生まれ変わりなのだ。
何だか嘘みたいな話だと、まだ思ってしまうが。
「こんばんは、美羽様」
山尾が律儀に、小さな頭を下げる。
美羽は机に取って返し、メモ帳とペンを手に持った。
〝帰らなかったの?〟
「はい。念の為、ボディーガードに残ることに致しました。今、この周辺の猫に挨拶回りして来たところです。いやはや、猫と言う生き物は暑さ寒さに弱く、皆、バテておりますな」
髭をひくひく動かしながら語る。それから金色の目をひたと美羽に据えた。
「レディのお部屋ですが、お邪魔させていただけると大変、光栄です」
美羽は網戸を開け、山尾が敷居を跨いで室内に入ると、蚊が入って来ないようすぐにまた閉めた。
部屋に入った山尾はにょ、と背伸びして、瞳を光らせ机の上に置かれた物を見たが、特にそれについてはコメントせず、頭を引っ込めた。
〝あの、この部屋で、寝起きするの?〟
「そうさせていただければ助かります。あ、私はジェントルマンな忍びですので、決して美羽様のベッドに潜り込んだり致しませんし、着替えの時は他所を向いて目を瞑っております。寝る時も、ええ、もう、専用ベッドなどは、望みません。猫のように、部屋の隅で丸くなって眠ります。時にはそういうのも良い気分転換になるでしょう。ですので、至って、ご安心を。もちろん、時々にでも撫でてくださったら、それはそれは嬉しいのですが」
猫のように、と喋る猫を美羽は見た。
「ちなみにこちらの皆様、猫はお好きで?」
美羽はちょっと考えてからペンを動かした。
〝好きだと思うわ〟
「それは結構。至極、結構」
山尾は満足そうに、にい、と笑う。
その時、ベッドの枕元に置いていた携帯が鳴った。
竜軌が、メールを送って来たのだ。




