飛龍
飛竜
高校二年生になってから与えられていた一人部屋のベッドに、美羽は横になる。胡蝶の間の広さとは比較にならないが、それは美羽にとって大した問題ではなかった。
施設では、毎日の入浴は叶わない。
宿で汗を流してはと真白に勧められたが、着替えも無いことだし、そこまで世話になるのは気が引けて辞退した。こうした我慢は長く施設にいる内に慣れている。
剣護は美羽を気遣いながら、要所を押さえた説明をしてくれた。
全てを明かした訳ではないことは彼の表情から判ったが、今の美羽には聴いた説明だけで、おおよその疑問は解消された。剣護が語らない部分は、きっと美羽が知るべきでない、または、まだ、知るべきではないことなのだろう。
真白を見る剣護の、綺麗な灰色がかった緑の瞳は優しかった。父親がアメリカ人のハーフと聞いて、その緑色や彫りが深めの顔立ちなども合点が行った。剣護の母が、真白の父の妹なのだそうだ。
すぐにも愛おしさを見出せる剣護の目から、美羽は特有の勘の良さでもしかしたらと思った。
ハンデを負って生きて来た経験は、美羽に人の心の機微を悟る能力を磨かせた。
剣護は前世で真白の兄だったと語った。
兄が妹を一人の女性として愛する。そんなことが現実にあるだろうか。
突き詰めて考えようとすると、不快感が湧いた。
なぜだろう。剣護は良い人だと思うのに。
兄が、妹を、というワードを反射的に拒絶してしまう。
(臥龍)
神器、と教わった不思議な剣は綺麗だった。
〝来年も日本にいれば、一緒に見に来るか〟
臥龍梅の樹を前に、そう言ってくれた竜軌。
それは実現するだろうか。咲く梅を指差し、竜軌に、剣護の臥龍もとても綺麗だったと告げる日は来るだろうか。
〝俺はお前の声だけを待ってる〟
声の出ない自分の喉を押さえる。彼は今、何をしているだろう。
思えば答えはすぐに出る。
(戦ってるわ、あの人)
過たず、自分に出来るやり方で敵を殲滅しようとしている。
美羽にはそのことが確信出来る。
この世で最も強い竜が、美羽の為に曇天を飛翔している。




