退魔
退魔
(がりゅう。臥龍?)
地に這うような枝振りを、美羽は思い出す。
花が咲いたら見に来るかと竜軌が言っていた、臥龍梅。
主の声に応じて現れた、金色の、大振りで豪奢な剣は美しかった。
蒼穹を従え満開に咲く梅もかくや、と思わせるほど。満ち始めた薄闇の中、眩しく光る。
しかしそれを握る門倉剣護の顔は、この上なく厳しいものだった。
「俺の大事な真白に何てことしやがる、変態」
緑の目はぎらついている。鞘を払った刃の切っ先は、秀比呂の首に触れていた。赤いものが薄く滲む。
「兵庫、荒太にはこいつをどうしろと言われてる?」
兵庫が、斑鳩に肩を抱かれた真白を窺い見る。
「……結界内で」
兵庫は続きを言い淀んだ。身じろぎした真白を、剣護も見た。
秀比呂が現れてより、道を通る人間が一人もいないのは偶然ではない。略式結界の効能だ。常人はこの場に立ち入ることが出来ない。
「消せってか。真白の知らないところで、だろ?今はやめとけ」
「しかし」
「やめておけ」
剣護が宥めるように、穏やかな声で制する。目が秀比呂に戻る。
「なあ、変態。美羽さんの周りには、俺らみたいのがゴロゴロしてる。敵に回すのは賢くないぜ。今日は見逃してやるから諦めろ。…次は無いってことだ。意味、解るな?」
浅く頷いた秀比呂の首から臥龍を退き、闇に帰す。秀比呂は、形ばかりは神妙に引き下がり、立ち去った。
(羊の皮を被り慣れてる。性質が悪いな、あれは)
嫌悪感を伴う感想を胸に仕舞った剣護が真白の前に屈む。
「しろ。大丈夫か。ひどいようなら救急車、呼ぶぞ」
「剣護。どうしているの?」
真白はまだ顔に斑鳩の出したハンカチを当てている。涙が流れて止まらないのだ。
「新庄が連絡して来たから。お前が心配になってな」
「――――――ありがとう」
通常の猫のサイズに戻った山尾と、真白たちを美羽が交互に見ている。
顔には当惑と疑問符が浮かんでいる。
「色々と、説明する必要があるな」
剣護が、真白と同じ焦げ茶色をした癖っ気を掻きながら言った。