舞踏
舞踏
秀比呂は真白の挨拶に、はて、と言う顔を示した。
「どこかでお会いしただろうか」
「新庄邸での園遊会に、私も出席していました。美羽さんの友人として」
「そうでしたか。美羽の!」
真白の片眉がピクリと動く。
「親しげな呼び方をなさるんですね」
「愛していますから。そこを退いてくれませんか」
「出来ません。あなたの愛は、歪んでいる」
大層心外な言葉を聴いたように、秀比呂は眉根を寄せた。
「それは違う。極めて本物の愛だ。純粋な。――――――私は格闘技をかじっていてね。怪我をさせたくはないんだが」
「奇遇ですね。私も兄から、多少の手解きを受けています」
ふ、と空気が静止した次の瞬間。
秀比呂の繰り出した拳を、真白は紙一重でかわした。風圧が顔を薙ぐ。左手で受け流しつつ、真白が突き出した手を、秀比呂もかわす。中段から入った真白の蹴りは避けられなかった。細い脚の動きは流麗で素早い。
みぞおちを庇う秀比呂が間合いを測るも、既にその時点で、真白の後ろ回し蹴りが上段から秀比呂の首を直撃していた。
真白が見せた一連の動きは、舞う花びらのようだった。
荒事とは無縁に見える真白の勇ましさに、美羽は驚嘆していた。毎日の柔軟運動は欠かさないのだと、湯船の中で確かに話してはいた。股関節が固くなれば蹴りの威力も軽減してしまうからと冗談めかした口調で。美羽は話半分にそれを聞いていた。新潟を再訪してから、彼女がずっと長い髪を後ろで一つに束ねていたことには、暑さ以外にも理由があったのだと初めて気付く。
首を押さえ、バランスを崩して倒れる秀比呂を真白は見ていた。
「あなたとは年季が違います、教授」
焦げ茶色の瞳が灼熱を湛えて秀比呂を睨んだ。
直後、うずくまった秀比呂がポケットから取り出したそれを、真白は正面から見てしまった。
催涙スプレーをもろに浴びる。真白は目を押さえ、地面にくずおれた。激しく咳き込む。
二人の攻防を息を詰めて見ていた美羽の口が悲鳴の形に動く。
「山尾!」
叫んだ真白の声に応じて、グレーの猫が豹のように、身体を大きく変化させる。美羽の前で牙を剥き、威嚇の唸り声を立ち上がった秀比呂に向けて発した。
同時にトン、とアスファルトに降りる影が二つ。一つは瞬息で秀比呂に足払いをかけ、もう一つが腹部に正拳をめり込ませる。は、と秀比呂が呻いた。
主君を傷つけられた斑鳩と兵庫は、凄みのある形相で立っていた。
そしてもう一人。
「臥龍。頼む」
怒気を帯びた声が、神器を呼んだ。